我が青春の中選挙区制

 中選挙区制というものがあった。1993年まで、日本政治の主役である衆議院議員を選ぶ選挙制度中選挙区制であった。これは世界でも大変ユニークな選挙制度として有名で、どうユニークかというと一つの選挙区に当選者が3人から5人と複数存在するのである。つまり候補者複数の中からただ一人を選ぶのではなく、候補者複数の中から複数を選ぶのである。そして衆議院議員500名に対して選挙区は120前後であり、政権を取ろうと思えば(国会で過半数を取ろうと思えば)政党は同一選挙区で複数の候補者を立候補させねばならなかった。そうでなければ過半数を取れないのであるから、これは致し方ない。一つの選挙区において3つの議席が用意されているとすれば、当然自民党としては3つとも欲しい。しかしわが国は民主主義であるからして当然野党も存在する。社会党公明党共産党議席を求める。となると自民党立候補者が3人いたとすれば大体において2人自民党、あと一人は野党が当選ということになる。そこで自民党候補者同士の足の引っ張り合いがはじまり、なおかつ野党にも負けるわけにはいかず自民党総体としては国会で過半数を取るため協力せねばならず、しかし限りある有権者をめぐって票の取り合いがはじまるのである。
 この選挙制度は日本政治に二つの特色を与えた。一つは与党・自民党の派閥制度である。何せ一つの選挙区で限りある議席を奪い合うわけである。自民党首脳としては定員数全て欲しいので定員数が3なら自民党公認候補を3人用意する。ただし3人とも自民党なので党としては誰か特定の者をひいきにするわけにはいかない。ではどうするかというと、「まあ頑張って3人揃って当選してください」と言うだけである。しかし候補者としては(特に新人候補者は)自民党から候補者に一律に与えられる金やスタッフだけでは同党候補者に勝てる自信はない。一律に与えられるのだから戦力上何の意味もないのである。そこで候補者は党機関とは別のものに援助を求める。それが派閥である。
 派閥は党の正式機関ではない。だが自民党候補者同士で戦う場合、自民党田中派自民党福田派、自民党三木派とそれぞれの軍門(派閥)の傘下に入って戦った方が候補者にとって経済的であった。各派閥には事務局が設置され、選挙専門の対策本部が各派閥議員の選挙を資金面等で補助・援助する。特に派閥制度が発達した1970年代以降は選挙実務はもっぱら党機関ではなく派閥が受け持つことになった。
 自民党候補者は、党による援助だけではとても当選はおぼつかないのである。だから派閥による援助が必要になる。また有権者にしても候補者複数が同じ自民党では違いがよくわからないが、田中派、福田派、三木派と色分けされていれば明確に違いを認識できる。これら派閥の名前(「田中」派や「福田」派)は通常派閥の長を冠するが、これは派閥が国政選挙だけでなく総裁選挙に備えたものであるからである。自民党の総裁選挙は基本的に衆参議員による投票によって決まり、党員選挙は行わない(ただし党則によって決まることから制度自体はかなり流動的である)。つまり自民党総裁の座を狙うものは常に票を一定数確保しておかなければならず、派閥を組織し絶えず自分の派閥の議員をサポートすることで(選挙の援助や閣僚ポストの配分等)、いざ総裁選の際の票数とするのである。自民党総裁になるということは総理大臣になるということであり、日本の権力のまさしく頂点に立つことになろう。そうなれば派閥の長が首相となった場合、その派閥の議員は権力の甘い汁を啜ることもできるからして、各議員も喜んでどこかの派閥に籍を置くのである。そのようにして派閥制度は、さながら戦国時代の群雄割拠の如く爛熟の時期を迎えるのである。
 中選挙区制のもう一つの特徴は、野党の弱体化である。ただしそれは民主主義の名を汚すものではない。日本は世界でも民主主義の発達した国であり、政党結社の自由・政治活動の自由は手厚く保護されている。しかし中選挙区制下で野党が政権を取るためには一つの選挙区に複数の同党候補者を立候補せねばならず、それは経済的に無理であった。与党ではなく野党であるということは圧倒的に資金が足りないということである。同一選挙区の同党候補者どちらも下手をすれば共倒れになる可能性があり、もともと資金が少ない上に共倒れになってはたまらない。それよりは議員定数3人のところで1人ぐらいの立候補なら野党候補者が当選する可能性は高く、そちらの方が経済的であった。そしてこれこそが問題であった。いかに日本が繁栄の道を歩んでいようと野党を支持する者は必ず存在し、ましてや中選挙区制では1位、2位、3位、人口の多いところでは4位、5位までもが国会の赤絨毯を踏めるのである。つまり大して努力しなくても5位にさえなればよいのであり実際それは簡単であった。これが野党の政権獲得意欲を減少させた。確かに政権につき首相や大臣や衆議院議長になることは無理だが、国会議員として相応の名誉と歳費を手に入れることはできるのである。野党は制度上も戦略上も政権の座につくことはできず、だからこそ自民党は安心して派閥合戦をしながら政権を維持し続けたのである。
 ではなぜこのような中選挙区制はなくなったのか。俺が愛してやまないあの派閥が入り乱れ権力を求めて跋扈する亡者たちの織り成す壮絶なドラマを見れなくなったのはなぜか。簡単に言えばそれはリーダーシップの問題なのである。自民党各議員は選挙実務において党機関、つまり党機関のトップである党総裁よりも派閥を頼りにするのであり、この事から党総裁・首相の権限低下や命令系統の二元化が問題とされたのである。選挙に当選するのに首相の存在は関係なく、もし首相と自分の属する派閥の長が対立すれば議員は派閥側についてしまうのである。派閥の長に逆らい派閥の援助がなくなれば落選の憂き目にあうかもしれないからであり、首相の言うことに議員揃って反対すること(不信任案に賛成する等)も珍しくはなかった。そうなれば首相は何もできず、結果迅速な政治行動ができなくなろう。湾岸戦争での海部首相の苦悩はまさしくそれであった。そしてこれに最も強く危機感を持ったのが小沢一郎である。小沢は一つの選挙区に一つの当選者のみとする「小選挙区制」を唱えた。これを実施すれば候補者は一党につき一人となり、政党中心、すなわち党首・首相中心のリーダーシップの強い迅速な政治制度を構築できる。小沢はこの改革に自らの政治生命を賭けていた。しかし長く中選挙区制に生息し生き延びてきた自民党議員はこの小沢の意見に耳をかそうとせず、これが後の小沢派の離党そして自民党下野という戦後最大の政局になるのである。
 今更ながら思うのだが、あの細川政権というのは何だったのだろうか。自民党が下野したといったところでそれはわずか11ヶ月のことであり、いや細川連立政権を執り仕切っていたのは小沢をはじめとした自民党離党軍ではないか。そして11ヶ月経てば自民党は与党に復帰したのである。そこから自民党支配の永続性を唱える者もいるが、しかし細川政権下ではそれこそ日本政治史に残る大転換、すなわち中選挙区制が廃止され、小選挙区比例代表並立制という選挙制度の改正が行われたのである。中選挙区制がなくなれば当然派閥は衰退する。当選者が一人であることから同一政党による争いがなくなり、橋本派森派といった違いが必要なくなったからである。代わって強大になるのが党執行部の力である。一つの選挙区に一人の当選者しか認められぬならば、当然政党の公認を受ける候補者は選挙区内に一人である。つまり公認権を盾にとることで党執行部の発言力・強制力が増加することになるのである。そのような小選挙区制の影響もさることながら、比例代表による政党の名簿順位においてはもはや党執行部には逆らうことは許されない。そしてその執行部へのポスト争いを有利に展開するために派閥に属する(派閥のボスに頼る、もしくは派閥のメンバー多数に推薦してもらう)という、「派閥」の最後の存在理由は高支持率を武器にした小泉首相による完全な一本釣り人事によって破壊されてしまった。これが今現在の政治状況である。選挙の援助も必要なく、閣僚ポストも回ってこないなかで、派閥に何の役割があろうか。
 選挙制度で政治の全てがわかるわけではない。だが政治を行う政治家というのはとにかく選挙に当選しなければ意味がなく、選挙に当選することを最優先課題とするのであり、だからこそ選挙制度は政治家や政党制をコントロールする最も効果的なものなのである。現に中選挙区制は派閥制度と野党の弱体化を生み出し、自民党の支配形態(一党優位制)を確立した。小選挙区比例代表並立制もまた新しい政治形態を生み出すであろうし、それは今現在起こっているのである。それが二大政党制か連立制かはまだ新制度下の選挙が3回しか行われていないことから結論を急ぐことは避けるが、選挙には政治のあらゆるものが詰まっているというのが俺の実感である。それを考え続けることは大学四年間ひたすら選挙制度を研究し今月卒業する俺の義務ではないかとも思っているのである。
  
業務連絡。急病、ではありません。俺はこの通りピンピンしております。ただし4月からは俺も社会人となるのでしてそのための研修やら引越しやらでとてもラブコメエロゲーだと言ってられないようで、いやもちろん俺はラブコメのために生きていくのですが経済的に(インターネット環境的に)ドタバタするかもしれずつまり不定期更新になる可能性が大なのであります。ええ明日なんか西日本最大のビジネス街大阪は本町に行かなければならんのです。2月はこれはもう皆さんの暖かい支援のおかげでオール更新となったのですが、さてどうなることやら。まあ俺のことですから社会人になったらなったでその日々をネタにするのでどうという事はないかな。そんなわけで皆さん一つこのラブコメ政治耳鳴全日記をどうぞよろしく。あと、mishinさん、ラルクミンさん、リョウコーさん、ラサさん、ap38さん、コスモスさん、akihikoさん、メールいつもありがとうございます。ひと段落ついたら必ず返信しますんで。