国民の敵

 消費税増税をめぐる政治の動きやマスコミの反応を見て、「国民の敵」がはっきりと見えてきた。今や政界は「国民の敵」だらけである。にもかかわらずほとんどの人間は「自分たちこそ『国民の味方』」と思っているところに日本政治の病理がある。
 そもそも参議院少数与党である野田政権は野党の協力を仰ぐしかない。となれば自民党公明党を抱き込むしかなく、消費税増税によって自民党を、連用制を一部導入した選挙制度改革によって公明党を抱き込もうとした。しかし自民党にしても公明党にしても目指すのは一日でも早い政権への復帰であり、民主党と協力して民主党を助けるようなことでは政権復帰は遅れることになる。それよりはとにかく現政権を追い込んで解散総選挙に持ち込む方が得策である。しかし現政権を追い込めば必ず解散総選挙になるかと言えばそうとも限らない。民主党には小沢元代表がいるのであり、もし野田首相が追い込まれて辞任し、小沢か小沢が支持する人間が野田の代わりになれば自公にとって大打撃となる。そうした中で消費税増税をめぐって民主党内で野田と小沢の対立が激しくなると自公は野田政権を助ける方向に傾き、消費税法案で合意した。そこには野田を追い込んで解散総選挙が遠くなるよりも、野田と協力することで小沢を追い詰めさせ、「小沢抜き」で大連立を図ろうとする自民党の意図が透けて見えた。「小沢抜き」の大連立であれば事実上自民党政権となり、また消費税を引き上げる度に選挙で負けてきた自民党にしてみれば「民自公でやった」ということで総選挙で消費税を争点にしないこともできよう。
 しかしこれで自民党がほくそ笑んでいるかと言えばそうではない。なぜなら予算執行に不可欠な「赤字国債法案」や最高裁違憲の判決を出している「一票の格差」是正問題についても大連立状態ならば自民党民主党と協力せざるを得ないからである。特に赤字国債法案は去年菅首相の退陣と引き換えに成立させたもので、本来なら野田は同じ運命にあったのである。ほくそ笑んでいるのは野田の方で、自民党民主党内の争いに目を奪われて野田と協力することになった。しかも野田が小沢グループを切るのは相当の覚悟が必要で、切った結果民主党少数与党に転落すればどうなるか。解散総選挙をやれば「増税の党」と「反増税の党」の戦いが起こり、野田が総辞職すれば解散総選挙は遠のくことになる。追い込まれたのは自民党なのである。
 追い込まれた自民党がどうするのかと思っていたら「増税法案に反対した奴は除名処分にしろ」と言い出し、俺は開いた口が塞がらなかった。最近まで自民党は「民主党は消費税増税を言っているが、それはマニフェスト違反だ。だから解散総選挙だ」と言っていたのであり、その通りマニフェスト違反であるから70人以上が反対・欠席したのである。ところが今度は「三党で合意したのだからそれを守れ」と言う。しかし三党合意など国民には関係ない話で、国民が主権を行使できる唯一の機会が選挙なのであり、その選挙で決定された「行政の仕組みを根本的に変えて、その後で消費税を引き上げる」を破棄しろ、破棄しなかった人間をむしろ追い出せというのは理解不能である。かつて郵政民営化に反対した自民党議員は総選挙で公認されなかったが除名はされなかった。党執行部の唱える政策に反対した党員をその度に除名していたら党員は少なくなるだけであり、「国民の代表」である議員ともなれば党執行部より国民の声に従うのが当然である。
 マニフェストを破り、破らなかった人間を追い出せと言うことで今や永田町のほとんどの人間が「国民の敵」となったが、その「国民の敵」をマスコミが後押ししている。マニフェストを破ることこそが「政権党の責任だ」と言い、「『決められない政治』からの脱却」と賛美する。しかし行政の仕組みを根本的に変えずただ目先の財政状態だけで増税を決定することこそ「決められない」の最たるものである。このままでは増税して増えた税収分をまた官僚たちに好き放題使われるのは目に見えている。それにしてもひどいのは新聞の社説で、消費税を賛美して自分たちは消費税の適用外にしてもらおうという意図が透けて見え、かくて「国民の敵」が蔓延している。次期総選挙で「国民の敵」を落選させる前に、まずは新聞の不買運動から始めた方がいいのかもしれないと、やや本気で思っている。