かくして政治はよみがえった 英国議会・政治腐敗防止の軌跡/犬童一男・河合秀和・高坂正堯・NHK取材班[日本放送出版協会]

 NHK的切り口というものがあって、前半に問題・現実の実態や断面を見せて原因に迫るところまでは迫力があるのに、後半の解決の提言になるとにわかに現実離れするというかトーンダウンするというか、結局は教科書的な物言いに終わる…というのがNHK的切り口で、本書もそんな風に終わるのだろう、何せNHK取材班だからなと期待せずに読んだがそうでもなかった。本書は1989年7月9日(参議院選挙公示後、投票日は7月23日)に放送されたNHKスペシャルの取材をもとに書かれたものだが、1時間という短い時間では省略されたであろう、問題の背景や経過やその後日談、また政治学者達によるバランスの取れた論考もあり、意外な良書であった。この4年後、日本では「政治改革」が熱病のように日本人を覆い、本当に政治改革を目指す者(小沢一郎羽田孜等)、政治改革に断固として反対するもの(野中広務亀井静香森喜朗等)、時勢に乗ったお調子者(細川護熙武村正義等)が乱舞する世にも恐ろしく面白い事が実際の政治に起こったのであるが、それに比べれば百年前(1883年)にイギリスで行われた政治改革は地味であまり面白味がなく、はっきり言えばほとんど参考にならなかった。「政治改革への抵抗はあったが、何とか成立した」「激しい議論の上に、成立した」としか書かれておらず、その裏にどんな妥協、恫喝、買収があったのかを調べていないからで、まだ日本の政治改革の方が、

①連立与党内の社会党造反による不成立

②細川首相と河野・自民党総裁による会談で急転直下の成立

 となり、その裏の連立与党側(細川・小沢)と自民党側(河野・森)の攻防が面白いのだが、それはそれとして、政治改革が行われた後もイギリスでは腐敗は絶えず、マルコーニスキャンダル(イギリス版リクルート事件)やポウルソン事件などが起き、その度に新しい腐敗防止のための法律が制定されるが、時代が変わり人々の常識やビジネスが変わればまた新たな腐敗が起こるだろう、それが民主主義というものだ、「民主主義は非常に悪い政治体制である、しかし、それよりマシな政治体制はまだない」のだから、と強調するでもなく淡々と述べているのが本書を良書たらしめよう。

 またイギリスが現在のような、日本からすれば極めて近代的で合理的で効率的な選挙運営を行うようになる(「イギリス人は疑いの目をもって日本を見るのに対し、日本人のイギリスを見る目は大変に好意的である」)には長い時間がかかった事も丁寧に解説がされている。かつては都市の有権者を手なずけるには買収が一にも二にも必要で(農村の有権者は地主有力者に対して従順であった)、選挙の日には有権者は立候補者にビールや肉の供応を求めていたが(「イギリス人は選挙の日だけが自由で、それ以外の時は奴隷になる」)、政党組織が充実するに従って選挙はロンドン中央本部-各選挙区の選挙事務所、党首-各選挙区の候補者による党営選挙が一般的になり、「地方のお偉方がちまちまと買収して票を集めるやり方」は非効率で、むしろ買収のプロの一部は政党の活動家となって「お互いに相手党の腐敗を監視する」となるのであり、欧米的な合理主義精神、「密猟者が森番になる」(日本風に言えば「泥棒が刑事になる」)もあり得る事が腐敗防止に役立つところなど非常に面白い。日本の政治改革が単なる選挙制度改革(中選挙区制から小選挙区制)に終わって約30年、結局は自民党という、欧米人からは理解できない「野党の政策でも何でも呑みこむ」「対立よりも妥協と先送りを繰り返す」政党と政治風土が続いていく中で、本書を繰り返し読み直していきたい。

   

 ある候補者が、教会の牧師に「票を売る事は倫理に反するという事を有権者に説教して下さい」と頼んだ。

 その牧師は、「票を売ったりして、政治を腐敗させるような人は、地獄に落ちますぞ」と言ってしまった。

 翌日、候補者は有権者の一人に、「どうでした、昨日の説教は。あれだけ言ってもらえば、だいぶ有権者の反応も違ってきたでしょう」と言うと、その人は、

「まったくその通りです。たちまち相場が上がりました。今までは、1票20ポンドでしたが、地獄に落ちるという牧師さんの説教を聞いてからは、地獄に落ちるのと引き換えなら40ポンドはもらわないと合わないと皆さん言っています」。