官房長官 側近の政治学/星浩[朝日新聞出版:朝日選書]

 さて政治プレイヤーは多くいる。もちろんその頂点は内閣総理大臣(=与党党首、ほとんどの場合自民党総裁)であるが、首相一人だけで政治はできないのだから、実際の政治においては政治プレイヤー間で力関係が発生する。財務大臣外務大臣、或いは与党幹事長(ほとんどの場合自民党幹事長)等がある政策、ある政局をめぐって激しく対立する場合もあろう。もちろん首相には罷免権があるので意に沿わなければ更迭すればいいが、何回も更迭すれば首相の見識自体が問われる事になり、また閣内対立・党内対立に発展すればいよいよ好ましくない。

 そこで官房長官の出番となる。首相官邸内閣官房)という権力の中枢において、権力の頂点にある首相の元で働く事を許された(内閣法第13条「内閣官房長官は、内閣官房の事務を統括する」)官房長官もまた権力の頂点に極めて近いため、あらゆる政治的な問題に介入し、調整し、解決する権限を有している。また任命者である首相は自分に代わって「あらゆる政治的問題を解決する」事を期待して有力な政治家・有望な政治家を官房長官として指名するのであり、結果として官房長官はいつの時代も多士済々にして千差万別、日本の政治家達を凝縮したような個性と魅力溢れる人物が務める事になろう。本書は政治記者としてそのような官房長官を間近で見てきた作者によるエピソードを混ぜつつ、官房長官について平易にわかりやすく解説したものであり、ページ数も少ない事もありあっという間に読んでしまった。

 もちろん全ての官房長官が優秀且つ人間的な魅力に溢れていたというわけではない。役人の書いた原稿を読むだけ、或いは首相や幹事長の言うことを聞くだけ、といった官房長官もいたわけだが、では何が官房長官として優秀かそうでないかを決めたかと言えば「首相との関係、距離感」であって、「子分型」「友達型」のように、首相の子分・友達(盟友)気分が抜けなければ首相の意向や好みに重きを置いてしまい、行政府の長である首相が間違った方向に行こうとしている、或いは世論と乖離した行動を起こした時に決然と助言、進言、苦言する事ができず、また首相も子分・友達(盟友)である官房長官には厳しく注意する事ができないため、官房長官が間違った方向に行こうとしている時も同様の問題が起こり得る。一方で「兄貴分型」は後藤田正晴(首相:中曽根康弘)、福田康夫(首相:小泉純一郎)、野中広務(首相:小渕恵三)、梶山静六(首相:橋本龍太郎)、といった優秀且つ人間的魅力に溢れた面白い政治家揃いである。「あらゆる政治的な問題に介入し、調整し、解決する」意欲を持ち、政府・与党・世論全体の状況を冷静に分析し時には首相に苦言を呈する事も躊躇せず、また首相もそのような官房長官に全幅の信頼をもって任務を与える事で政権自体が生き生きとして盤石となるのである。

 「リーダーの優劣は部下の働きぶりを見ればわかる」とはよくいったもので、所詮トップ一人がいたところで何もできない、しかしトップには権力が集中しており、何でも命令できる。その矛盾をうまく交通整理してくれる部下がおり、その部下が誇りを持ってその仕事に邁進できていればその組織は安泰なのである。

   

 当時の防衛政務次官が週刊誌で「日本も核武装すべし」と発言。週刊誌のゲラを入手した官房長官青木幹雄は、直ちに防衛政務次官の更迭を決断。記者団にも発表した。

 翌日、私(作者)は青木に「防衛政務次官の更迭は小渕首相も了解しているのか」と尋ねた。青木の答えは、

「首相にそんな細かい事は相談せんわね。首相の気持ちは聞かなくても分かっているから、私が決めた」

 例によって、淡々とした出雲弁だった。つまり、首相とはツーカーの間柄なので、いちいち相談しなくても、結論は分かっているというわけだ。

 

 ある官房長官経験者は、「内調(内閣情報調査室)が上げてくる情報の中で一番興味深かったのは、与野党の政治家がオフレコと称して語った話のメモだ。マスコミから漏れてくるものが多いそうだ。あれを読むと、本当に政治家は人の悪口が好きなのだなと思うよ」と語っていた。

 

 橋本首相は、梶山静六官房長官を起用した理由をこう語った。

「私の持っていないものをたくさん持っていらっしゃるし、今までも厳しいお小言を頂いた。こんな立場になると、率直にものを言ってくれる人が少なくなる。私が間違った時に遠慮なく言ってくれる人が身近に欲しいと思った。これからも率直にものを言って頂きたい」

   

 菅義偉官房長官へのインタビュー

「(長く官房長官をやっていると、半分勘違いで自分にも総理ができるんじゃないかと野心を持つ人も出てきますが・・・)勘違いもわかる気がしますね。長くやっていると、役所がみんな官房長官のもとに来るようになりますので、勘違いする人も出てくるでしょう。でも、そこはきちんとわきまえてやらないと駄目です。また官房長官は総理に代わって言っているのだから、呼吸が合わないと大変でしょう。疲れてしまうと思いますね」