「安部・麻生」対「菅・二階」

 権力者が辞任する時は、辞任した方が有利だから身を引くのである。選挙による審判によって権力の座から下ろされるのと違い、自発的に辞めるのだから、そこには辞任する事による次の一手、二手が隠されている。そこで9月3日の菅首相の辞任表明までの動きを追ってみると、まず8月26日に「9月17日告示、29日投開票」の自民党総裁選が決定され、その日のうちに岸田前政調会長が出馬を表明する。その岸田氏はもちろんコロナ対応を最優先でやり抜く事を主張するが、それは菅首相であれ別の候補であれ同じことである。それよりも「総裁を除く党役員の任期を連続3期まで」と主張する事に意味があって、1期は1年だから3期だと3年であり、5年以上自民党幹事長を務めている二階幹事長を交代させると公約したのである。

 現在の政治状況は圧倒的な議員数を擁する「細田派(実態は安部派)・麻生派」連合と、それに反発する二階派及び二階派を拠り所とする菅首相の対立、妥協、恫喝、等で動いている。そして数で劣る二階派が「安部・麻生」と互角であるのは二階が幹事長として党の全権を握っているからであり、無派閥で数を持たない菅首相は二階幹事長がいなければ「安部・麻生」の要求を呑むだけのロボットに成り下がる。しかし首相(自民党総裁)と幹事長がタッグを組めば数の劣勢を跳ね返す事ができよう。

 「安部・麻生」にとって心配なのは菅首相ではなく二階幹事長である。二階さえいなくなれば裏で菅を操る事は容易であり、わざわざ菅を首相の座から引きずり下ろす必要もない。特に現在は戦時にも似た非常時であるから引きずり下ろす事はできない。そこで駆け引きが始まる。昨年からの日本学術会議の任命問題、「桜を見る会前夜祭」の捜査、総務省の接待問題、等は全て「どちらに軸足を置くか」が焦点であった。「安部・麻生」側としてはもし菅首相が二階幹事長ではなく「安部・麻生」側につくなら全力で守る、しかしそうしないのならば政権から引きずり下ろす事もありえるとして総務省接待問題等がリークされ、「菅・二階」側も負けじと「桜を見る会前夜祭」捜査にゴーサインを出す。その状況の中で岸田は「自分が総裁になったら二階幹事長を切る」と言ったのであり、自分は「安部・麻生」側につくことを宣言したのである。

 その後8月30日に菅首相は二階幹事長と会談し、幹事長の交代及び党役員の刷新を伝え、二階も了承する。これによって岸田の総裁選立候補の唯一の目玉策はなくなるどころか、二階幹事長の後任に再び「安部・麻生」側ではない人物、例えば石破茂河野太郎などが幹事長になる可能性さえ生まれ、翌31日には「総裁選先送り、9月中に解散」のニュースが駆け巡る。岸田の立候補によって「安部・麻生」ペースとなると思われていた総裁選の状況は変わるが、9月1日に一転して菅首相は「解散できる状況にはない」と言い、2日に再び二階幹事長と会談、3日の辞任表明となる。つまり8月31日から9月2日までに「安部・麻生」側と「菅・二階」側で水面下の暗闘があり、そこで菅は辞任を表明した方が有利になると判断したのである。

 繰り返すが、「安部・麻生」にとって菅は何が何でも政権から引きずり下ろす対象ではない。引きずり下ろすべきは二階であって、二階さえいなくなれば菅の再選をすぐにでも支持する。しかしそれは菅にとっては「安部・麻生」の傀儡となるだけである。その対抗のため菅は「デジタル」「グリーン」といった長期的な政策課題を打ち出し、また河野太郎小泉進次郎といった世代交代を含ませた人事をアピールして「安部・麻生」の力を削いできた。そのため菅は二階幹事長の後任に「安部・麻生」側のよく思わない、或いは「菅・二階」側の幹事長を考えていたはずであり、それを「安部・麻生」側に拒否され、しかし傀儡になる気はなかったのでここは辞任する事で次の戦略に向けて作戦を練る方向に舵を切ったのであろう。今回の自民党総裁選は去年と違い議員票プラス党員票の「フルスペック」による選挙であり、議員数が多い「安部・麻生」が有利とは限らない。「安部・麻生」と「菅・二階」の暗闘が今この瞬間にも行われており、それは総裁選告示の17日まで続く。もちろんその間にも新型コロナウイルスは猛威を振るい続けるのであり、10月もしくは11月には総選挙が行われる。それらを睨みながら政局は動くのであるが、全ての発端は「安部・麻生」側が菅を傀儡としようとしたからである。戦争に匹敵するこの非常時にも政局は存在する事を知り、政治の恐ろしさを痛感している。