小説現代 1982年12月号[講談社]

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 さて中間小説誌と言えばオール読物か小説新潮小説現代か、であるが、それぞれの出版社、文藝春秋、新潮社、講談社のうち俺としては何となく講談社の方が性に合っている気がする。講談社には昔から勢いのまま「やってしまえ」的な感覚が結構感じられるからで、やはり出版社はお高く上品にとどまってしまっては駄目ですね。どんどんやってしまわないと。

 それはそうと人の欲望は尽きる事はなく、1982年と言えばまだまだ中間小説つまり小説という存在が娯楽として成り立っていたのだから人々は「もっと面白い小説を、もっともっと」と要求し、それに作家も出版社も大いに応え続けた(2021年現在もその構造は変わっていないが、しかし娯楽の中で「小説」はあまりにも脇役になってしまった)。もちろんこの時代とて面白い小説もあればそれほどでもない小説もあるが、その混沌を含めて読みがいがあるのですというわけで本書で印象深かったのは以下であります。

自由社員・愛のプログラム/阿部牧郎

・女帝のデパート/大下英治

・イン・ザ・ホテル ルーム/森瑤子

・あなたは不屈のハンコ・ハンター/多島健

・スムーズな女/田中小実昌

・ザ・ペスト/和久峻三

・王者の罪業/井沢元彦

・遠い日の影ゆらめき/菊村到

・夢魂独り飛ぶ/古川薫

不当逮捕本田靖春

 上記に挙げた中で一番のお気に入りは「女帝のデパート」で、あの三越の岡田社長とその愛人のただならぬ歪んだ関係、そして「岡田社長解任事件」についてのおどろおどろしいというかサラリーマンの卑しい出世欲というか、下品でドロドロした怨念が登場人物それぞれにいやらしく描写されていかにも俺好みであった。やはり人間の欲望は尽きる事がないのである。次に良かったのが「スムーズな女」で、さすがコミさん、話としては語り手が行きずりの女を都合よく抱く事ができた、という何とそれだけなのだが、ご都合主義さをまるで感じさせない自然な成り行き、流れに任せながらもそれを自然に見せるさりげない展開が心地いい。

 その他、「イン・ザ・ホテル ルーム」では浮気(不倫?)による情事を楽しみながらも楽しみの賞味期限が切れてお互いに幻滅して終わりを迎える男女の関係が切れ味鋭い。「あなたは不屈のハンコ・ハンター」は80年代のサラリーマン、つまりモーレツ社員でもないがバブルで浮かれる社員でもないどっちつかずのサラリーマンの悲哀を微苦笑のうちにまとめてしまう手堅さ。「ザ・ペスト」は法廷対決独特の緊張感と駆け引きにスピード感があってとにかく読ませるし読みやすい。「遠い日の影ゆらめき」は不思議な作品で、初老の語り手の穏やかな回想…のはずが母の突然の死と共に父と母と父の愛人、或いは語り手の弟、父と父の愛人との子供(語り手の異母妹)、が織り成す静かだが実は恐ろしい愛憎劇が展開され、しかし何十年も昔の事であるため登場人物それぞれが激する事なく淡々と、しかし重みを持ってかつての「事件」がそれぞれの人生に影を落とすのであった。

 というわけで小説っていいですねというわけで今日はこのへんで。