参議院を制する者

 何度も言っているが、政治家にとって本当に大事なことは「政策」ではなく「政局に強いこと」である。理想的な「政策プラン」は官僚や学者や専門家でも作ることができるが、反対する野党や外国やマスコミや、「味方と見せかけて実は敵」を説き伏せ、アメと鞭で調整して政局を収拾することができるのは政治家だけである。指導者に必要なのは早坂茂三田中角栄の秘書)が言うように「洞察力、実行力、決断力、情熱」であって、もっと総合的な「人間力」こそが政治に求められることにこの国の人々はまだ気付かない。オバマ大統領や胡錦濤国家主席プーチン首相が支持されているのは「政策通」だからではない。理屈の通用しない弱肉強食の国際社会にあって「国家と国民を守ってくれる」からである。官僚の代わりに法律を作れることと国を守ることは別問題であって、「人間力」の足りない官僚がせめてもの抵抗で叫んだ「政策に詳しい」に国民は騙され続け、いまだに「政治家に必要なのは政策」と叫ぶ阿呆ばかりである。いい加減気付いたらどうだ。
 と、1週間後にせまった参議院選挙に際して言っておきたいことは要はそれだけであるが、参議院選挙の時にマスコミが好んで使うのが「参議院良識の府」という言葉であって、一体何を根拠に「参議院良識の府」となったのかはわからないが、それは理想であって、ただ目の前の現実に目をつぶって理想だけを追い求めるのであれば日頃忌み嫌っているオタクとさほど変わらない。実際のところ参議院衆議院とは比べものにならないほど時の政権を脅かす力を持っている。
 佐藤栄作は「参議院を制する者が政界を制する」と言ったが、なぜ制するかと言えば参議院には解散がないからである。しかも選挙で改選されるのは半数だけで、一度過半数を失えば次に過半数を回復するのは3年後ではなく6年後になってしまう。そして参議院過半数を失えば法律は可決されないのだから、政府・与党はひたすら参議院多数派の意見を丸呑みしなければならないのである。だから佐藤派=田中派竹下派橋本派衆議院で第一派閥の座を譲ることはあっても参議院第一派閥の座は譲らなかった。「派閥をぶち壊した」はずの小泉首相参議院のドン・青木だけは敵に回さなかったのはそのことを本能的に理解していたからである。
 確かに首相は例外なく衆議院議員が選ばれ、その他政府与党の重要な役職も衆議院議員が大半を占めるが、何度も言うようにそれは表面的なことに過ぎない。党要職や政府中枢に「反小沢派」を起用したから小沢の力が落ちたというのはまさしく表面的な論評であって、3年前の参議院選挙の時から小沢の力の源泉は参議院であり、参議院の多数を束ねる小沢の力は全くと言っていいほど落ちていない。マスコミはとにかく考えることが単純過ぎるのである。「『反小沢派』の人間を並べたから小沢の力がなくなった」などという小学生のような単純な考えをどうして胸を張って言えるのだろうか。聞くこちらの方が恥ずかしくなってしまう。
 参議院の脅威を理解しているのは3年前の参議院選挙後の民主党執行部を率いた小沢・鳩山・輿石そして菅首相であろう。特に小沢を除く3人は(小沢は自民党幹事長時代に既に参議院少数の恐ろしさを経験している)これで政府・自民党を追い詰めることができると喜んだ半面、参議院が持つ力の大きさに「もし自分達が与党の時に参議院過半数を失ったら」と恐怖にも似た感情を抱いたに違いない。そうであれば、参議院の恐ろしさを誰よりも知る鳩山・小沢が参議院選挙で何としても勝つために今回の「ダブル辞任」となったことは容易に想像できよう。それについても「鳩山が小沢を道連れにした」だの「小沢が鳩山に話を持ちかけた」と色々と憶測が流れているが、それはかなりどうでもいい話であって、鳩山・小沢双方が相手を嫌っていようがいまいが二人は「辞任することで支持率を上げて参議院選挙に勝利する」という一点で合意したのである。そして参議院選挙で現執行部がいくら「反小沢」を叫んでも当選した議員の多くは小沢幹事長の下で擁立されたわけであるから参議院で小沢の力はまだ残ることになろう。我々が注目しなければならないのは実にそこであって、参議院選挙でもし民主党過半数を取ってもそれで菅の基盤が磐石になるわけではなく、参議院を主戦場にして政局は続いていくのである。