闇将軍 野中広務と小沢一郎の正体/松田賢哉[講談社:講談社α文庫]

 読後の感想は「面白いと言えば面白いが、面白くないと言えば面白くない」であった。それもまた貴重な読書体験で、「面白い本」「面白くない本」に出会う事はあってもこういう矛盾を抱えた読み物に出会う事はなかなかない。結果オーライである。

 まず本書の面白い部分は野中広務と作者のオフレコ懇談で、野中らしい、ぶっきらぼうでありながら人間味がある喋り、幾多の権力闘争に遭遇した事による疲れとあきらめを出しつつもそれに立ち向かっていくしぶとさが感じられる。その野中の個性を作者自身気に入りつつも、「野中をみたくば小沢をみよ。小沢をみたくば野中をみよ」とまで言われる権力闘争を作者は露悪的に、やや嫌悪感を持ちつつ書いているものだから、「政治とは政局であり、権力闘争である」「国内の権力闘争に勝ってこそ国際社会での競争に勝つ事ができる」が持論の俺としては面白くない。また野中にしても小沢にしても地元では親戚や後援会関係者による利権と結びついた事件があり、その事件を丹念に取材している作者の努力は買うものの、悲しき人間社会ではいくら本人が高潔であったとしても周囲の人々が全て高潔であるわけがない。ましてや大派閥、大政党を切り盛りするのであるから、金(表の金も裏の金も)は多ければ多いほどよい。野中も小沢もそういう魑魅魍魎の世界で生きていくための覚悟をとっくの昔に決めた人間であり、覚悟を決めた人間は悪役でも何でもやるのである。そしてマスコミは「横暴な権力を批判する」ためにこの二人を上手に使ってきた。しかし今やそのような「マスコミにとって都合のいい悪役」はいなくなり、残ったのは妙に清潔でしかし空虚でよそよそしい政治家達である。

 話がそれたが、とにかく90年代の政治は

①「経世会支配」(~92年)

 が、経世会のドン・金丸信の失脚により

②「経世会の分裂」(92年)

 となり、経世会及び自民党を飛び出した小沢一郎による

③細川連立政権樹立・55年体制の崩壊(93年)

 となる。しかし小沢の強引な政権運営に反発した連立内反小沢派と自民党による

④村山自社さ政権(~96年)

 へ移行し、このあたりから野中が「自民党を絶対に野に下さない」ため本格的に政治の表へ出てくる。続く

⑤橋本政権(~98年)

 でも引き続き要職を務める野中は権力闘争の何たるかを知り、実行に移し、次の

⑥小渕政権(~00年)

 では官房長官となって、それまで「悪魔」と呼んでいた小沢一郎と手を組むという恐ろしい行動に出るのである。

 50歳前後でありながら権力を意のままに操り、二世議員且つ不器用な性格も相まってとにかく反感を買いやすい小沢と、その小沢を「経世会分裂の犯人」そして「悪魔」と憎み戦う野中との対比、しかもその野中は被差別部落出身で差別と長年戦ってきた闘士であるから、ジャーナリズムにとってこれほど扱いやすい材料はない。それに気付いた野中は積極的にマスコミを利用し情報を流し、一方小沢は徹底的にマスコミを無視し敵視する。しかし闇将軍の時代は長くは続かない。森政権で「影の総理」とまで言われた野中も小泉政権の誕生によって追いやられてしまう。小沢は去り、野中は死んだ。「闇将軍」がいなくなった今の政治は、ひたすら寒い…。

  

 反小沢の旗頭である野中は、私に対し、反小沢の心情をこう吐露していたものだ。

「小沢は人の前で幼児のように簡単に泣ける男だ。金丸さんが自民党副総裁を辞任した時も、小沢は派閥の会長の椅子が欲しくて、金丸さんの前でわんわん泣きながら、『自分が身体を張ってでも守ります。総裁室の前に座り込んでも守ります。だから、全てを自分に任せて下さい』と言っとった。小沢の涙にだまされてはいかん」

「小沢は虚像がそのまま大きくなって、世間を歩いている男だな。だが、沈まない。金と人事を握っているからな」

「小沢という奴は、人を利用し、人をバックにものを言う。自分から泥をかぶろうとしないんだ。竹下派の時は金丸さん、竹下さんをバックにものを言っていた。恩義のある人を裏切った。田中角栄さんを裏切り、竹下さんを足げにし、金丸さんを地獄に落とし、人前ではさめざめと涙を流す『ジジ殺し』。それに皆乗せられ、日本の政治を誤らせてきた」

    

 ある全国紙政治部デスクは言う。

「野中は化け物なんだ。55年体制的発想でとらえようとすると間違える。野中は矛盾のかたまりと考えればいい。右から見れば左、左から見れば右。今回の『日の丸・君が代』も法制化には突き進むが、義務化には反対する。右から見ても野中はけしからん、左から見ても野中はけしからんとなる。しかし、野中はそれでいいと言うんだ。弱者を重視する政策もやるが、国家主義的な政策もやる。それが野中のバランス感覚。イデオロギーのない化け物なんだ」

 大いなる矛盾を平気で抱え込む男・野中はこう口にしている。

「戦後50年の負のトゲを抜くんだ」

 野中にとって政治とは何なのかを、本人にただした事がある。その時、野中は一瞬身構えるようにして、こう答えたものだ。

「この国が20世紀にやり残した事を、禍根のないようにやり遂げる。それが自分らの世代の責任だ」

 大仰だが、中身がない。

 どんな国家間で、どんなデッサンを描いているのか、野中は語る事をしなかった。言葉がなかった。ただ、日々の状況にどう立ち向かっていくのかと問えば、野中は誰よりも雄弁に答える。