永田町の暗闘 小泉は日本を変えられるか/鈴木棟一[ダイヤモンド社]

永田町の暗闘 小泉は日本を変えられるか

永田町の暗闘 小泉は日本を変えられるか

 さて今日ご紹介するのは鈴木棟一はてなキーワードの「鈴木棟一」を編集したのは俺です)による現代政治史の第一級資料である本書であります。政治とは政治家たちの権力闘争に他ならず、権力闘争を通じてこそ一国を率いることのできる強い指導者が生まれる。そしてその人間ドラマの面白さは筆舌に尽くせない。とにかく俺は1ページ読み進む度に次のページをめくることを躊躇した。残りのページが少なくなるからだ。
 本書は以前取り上げた「永田町、実力者たちの興亡」の続編であり、1998年夏の小渕内閣発足から2001年春の小泉内閣誕生までの政治状況が克明に記されている。かいつまんで言うのももったいないがかいつまんで言うと、「経済失政」により参院選で惨敗を喫した橋本内閣は総辞職し、次の首相には橋本と同じ派閥・平成研究会(いわゆる「経世会」)の小渕が就いた。竹下派七奉行(小沢・橋本・梶山・羽田・渡部・奥田・小渕)の中でも特に竹下色が強い小渕首相の背後には当然竹下の姿が見え隠れし、それに伴い竹下の元秘書である青木幹雄や親竹下系の野中広務が頭角を現してくることとなった。
 村山政権での政権復帰以来嬉々としていた自民党であるが、参議院少数派という我が身は否応なくこれまでのやり方を変えざるを得なくなり、小選挙区制も手伝って「派閥間での戦い」から「路線対立での戦い」への変化がこの時期に起きている。それは「景気対策優先対構造改革」であり「自自公路線対反自自公路線」であり「保革二大政党派(自民・民主の二大政党制)対保保連合派(自民・民主・自由の各保守派の大同団結)」というもので、派閥という枠にとらわれずオセロゲームのように人員が入れ替わり立ち代わる大変複雑なものであった。そしてこの複雑さを一気に解消したのが森政権の後の小泉による「改革勢力対抵抗勢力」というワンフレーズ政治であるが、それはともかくこの時期に三塚派森派、宮澤派→加藤派、中曽根派→村上・亀井派と世代交代が次々に行われ(他にも山崎派河野派が誕生)、それぞれが「小渕の次、あるいは次の次」を狙い、三角大福中や経世会支配の時代とは違った熾烈な戦いが展開されるのである。
 「誰もが小渕では選挙を戦えない」と思いながらも、小渕は自派の野中・青木をコントロールし、YKK(山崎・加藤・小泉)と反YKK(村上・亀井・河野など)にアメとムチを与え、自由党公明党との連立により政権の安定を図る。小渕自身の力は決して磐石ではないが、小渕の後釜を狙う勢力同士がそれぞれ戦い、戦力を消耗し、肝心の小渕だけが戦力を蓄え続けるという状況が続く中で小渕は病魔に侵され、森が後継の座につくわけである。もし小渕が倒れずこのまま半年でも一年でも小渕政権が続いていればどうなっただろう。やがて経世会支配が復活し、その後の小泉政権など到底できなかっただろうが、それは永遠のIFである。
 小渕が主流派(青木・野中・森・亀井)と反主流派(加藤・山崎)のバランスを絶妙に維持していたのに比べ、森は主流派一辺倒、特に最大派閥である経世会の野中と、同じく経世会参議院少数派である参議院自民党を束ねる青木にべったりで政権運営を行うことになり、折からの不景気や「神の国」発言によって2000年の総選挙では参議院だけでなく衆議院でさえも自民党単独過半数を割り込み、経世会を中心に「来年(2001年)の参院選までに森を代えろ」という声が日増しに強くなっていく。そこに暴風雨のように発生したのが「加藤の乱」である。
 俺が政治に興味を持つようになったのはまぎれもなくこの「加藤の乱」であって、当時17歳高校三年だった俺は「とにかく大変なことが起きようとしている」と訳も分からず興奮し、その背後にある派閥間抗争や政治家たちの権力闘争が今まさにこの瞬間にも行われていることを知って驚愕したのだが、国民に渦巻く不満を代弁して期待を背負ったものの「政策通だが政局音痴」である加藤は結局失敗してしまうわけである。長い目で見ればこの「加藤の乱」によるゴタゴタが小泉政権誕生の下地になるのだが、この騒動の最中の小泉のコメントが非常に面白い。「(加藤に対して)気持ちはわかる。森さんだから俺は支えているが(小泉は森派の会長)、私があなたの立場だったら、もっと激しくやるかもしれない」「(加藤の乱が終わって)ホッと一息だが、また修羅場が近づいている。容易ではない。それは(内閣不信任案に)欠席した人も、出て反対した人にも森じゃダメだ、という気持ちが広くあるからだ」…。
 森政権の実権を握る橋本派の野中・青木はえひめ丸沈没事故を渡りに船として「森降ろし」を画策するが、とんでもないミスを犯していた。それは「森の次」を考えていなかったことであって、野中・亀井・麻生いずれが次に適任か逡巡しているところへ勝負に出てきたのが郵政民営化を掲げる国民的人気の高い小泉であり、数十年に及ぶ経世会支配を倒すチャンスと知った「隠れ反経世会」の面々が小泉へと流れていくのである。このようにして自民党は今まで考えられなかった新しい局面へと入っていく…。
 というわけでまあ面白い面白い。皆さんも是非本書を読みましょう。そして残りページが少なくなるからとページをめくるのを躊躇してしまうほどの面白い本と出会うことなど滅多にないが、そのような素晴らしい本が105円で手に入るのだからもう少し生きてみよう。