マイ国家/星新一[新潮社:新潮文庫]

マイ国家 (新潮文庫)

マイ国家 (新潮文庫)

 食わず嫌いの読まず嫌いはしたくない。しかしながら時間は有限、金は有限で我が生涯も極めてわずかであるからして興味のない本、とっつきにくそうな本、何となく読みたくない本には手が届かないわけである。もちろん世間に流布している小説やエッセイのほとんどは2年もすればBOOKOFFで105円で再生産されるわけであるからむしろそれくらいでちょうどいいのだが、星新一を読まなかったというのは実にもったいないことである。なぜか読む気がしなかったのは教科書に載っていたり小学校の時の塾の講師が星新一ファンとかで授業の合間に朗読したりしていた記憶が残っているからで、今も昔もそうだろうが教科書に載るような小説ほどつまらんものはないのだ。いや例え面白くても学校教育の枠にはめられた途端それは「お勉強」用に色褪せてしまうのである。つまり俺は悪くないと言いたいらしい。
 とにかくだからこそ俺は筒井康隆の小説に触れ衝撃を受けたのだが、その筒井康隆のエッセイ等に必ず出てくるのが星新一である。その昔読んだ時には「通俗性を排除して淡々と人間の悲喜劇を描く」姿勢がどうにも淡白かつ無粋に感じられたが、今回7年ぶりぐらいに読んでみて非常に驚いた。通俗性を排除することによって永久不変に続く人間の行動をあぶり出し、淡々と悲喜劇を描くことによってそれを「寓話」にまで昇華させていたのである。昔「星新一の作品は現代の寓話」と聞かされても全然ピンと来なかったが、なるほどそういう事だったのか。やはり歳は取るものですな。
 透明感に包まれている、と言っては簡単すぎるが、俺が好物とする醜悪さや快楽への執着は微塵も感じられないのが星新一作品の特徴である。しかしそれによって淡白で無味乾燥な作品になっているわけではない。むしろ読んでみて感じたのはそのような愚かな人間の行為を普遍的に、平易な文章で書こうとするストイックさである。
 「うるさい相手」「いいわけ幸兵衛」「調整」「服を着たゾウ」で人間の弱さ、あるいはその弱さと折り合いをつけて生きていかなければならないことを皮肉たっぷりに描いて苦さを味わい、「死にたがる男」「刑事と称する男」はサスペンス的な興奮を味わいながらも放心してしまうような意外な結末に世の中の複雑さを思わずにはいられず、「趣味」「マイ国家」でこの世界というものは狂気と紙一重で成り立っていることに驚愕し、「ねむりウサギ」「友情の杯」「雪の女」でその壮大さと細やかさに感動する…。一つ一つのアイデアもさる事ながら、国や時代というのを全く意識せずとも読むことができる世界観というのは大いに新鮮であった。そして暴力や情念といった脚色がないこれらの小説は非常にシンプルで読みにくくもあるが、それは読む者の頭の中で整理・展開される作品世界の想像力を試すバロメーターになることも今回わかった。シンプルであるからこそ非常に高度だったのだ。いやあ、本当に歳は取るものですねえ。
 ちなみに俺としては異例のことだが、本作は二度読みを行った。実家から帰る新幹線の道中で他に読む本がなかったからというただの偶然なのだが、時々二度目に読むと全く印象が違うものがあった。一度目は「皮肉の効いたブラックユーモア」だと思っていたのが二度目に読むと「これは非常に真面目な悲劇だな」と感じてしまったり、「日常のちょっとしたユニークなハプニング」と思っていたものが実は「奇跡の連続によって起こった大爆笑もの」とまるで違う物語を読んだ感じになったりしたのである。これは何であろうか。よくわからんからまた星新一の小説を買うことにしよう。いやあ、楽しみですねえ。やっぱり歳は取るものですねえ。
   
 業務連絡。業務連絡。先日愚痴った通りまたしても更新を一ヶ月程度停止せざるを得ない状況になっております。果たして俺は無事性感、じゃなかった生還できるのか甚だ心許ないのですがまあ何とかなるでしょう。というわけでこのブログというのはまあ日本人の一万人に一人は見ている大ブログなので前もって言っておいた方がいいと思われるので11月中旬頃までしばしお休み致します。それでは。