「ミスター・ヘイスティングズ」わたしは内心のイライラを抑えるのに苦労しながら、できるだけゆっくりと言った。「どうしてぼくがここへ呼ばれるのかな」
「なにもそう怒る事はないだろう」
「よく言うよ。人を強引に呼びつけておきながら」
「強引に呼びつけたつもりはないさ」
「本当にそう思っているのかい」
「まあまあ、細かい事はいいじゃないか」ヘイスティングズは片手でわたしを制した。「お互い冷静になろう。こちらは事件を解決できる。君は…何だっけ、まだ続けているのかな、あの『ドブ溜め政治…』」
「そうだった、いつも読んでいるよ」
「そりゃどうも」
「どうかな、こっちは事件を解決できて、君は大っぴらにブログに書けて、お互いメリットがあるじゃないか」
「わかった、でも今回は難しいよ。何せぼくを犯人に仕立て上げるのは無理だからね」
「おいおい、何を言い出すんだ。冷静になれ」
「はあ」
「まず第一に、私は犯人じゃないんだ。だから君に犯人の身代わりをしてくれなんて言うはずがない」
「でも容疑者の一人ではある」
「それも違う。周りが一番怪しいって言っているだけだ」
「そうだった。じゃあ、わかった、ぼくが犯人を見つければいいわけだね」
「もちろん、それが一番手っ取り早い」
「舞台監督のグービー・ホイートリーは殺された。本来なら隣にいたはずの研修生のカーク・ミッチェル即ちカーク船長がいなかったために」
「…」
「どうしてカーク船長は隣にいなかったのか?きみがカーク船長をクビにしたからか?」
「おい、またこの話を蒸し返すのか」
「蒸し返しているんじゃなくて、確認しているんだ。大体、きみには動機がない」
「全くない」
「ちょっと待って。動機より何より、どうして私立探偵であるきみが役者をするはめになったのかを聞いていないぞ。学生時代に戻ったのかきみは」
「ああ、そうか、そこから話を始めなければならないな」ヘイスティングズは大げさにうなずいた。いかん、強引にこんなところ(ニューヨークからバスで一時間半)まで連れてこられたものだからこいつのいかなる動作も癪にさわる。
「バーナード・ショーの『武器と人』という芝居がある。学生時代、私が演じた数少ない芝居の一つだ。その芝居の主要キャストの一人が急死してね、困った演出家が私に代役を依頼してきたんだ。その演出家は学生時代、私と一緒に演劇をしていた人でね、私と違ってあきらめずに演劇の道を進んでいたんだ」
「ほう。それで急に役者が死んで、代役としてその演出家が思い浮かんだのがきみだというわけか」
「そうだ」
「その急死したとかいう役者の…死因は?」
「死因?さあ」
「そいつが殺されたから、役者もできる私立探偵であるきみが呼ばれたってことじゃないんだな、じゃあ」
「おい、何を言い出すんだ」
「だってそうだろう、何できみみたいなヘボ探偵が呼ばれるんだ」
「ヘボ探偵で悪かったね。違うんだ、その『武器と人』という芝居を私はやっていたんだよ、学生時代に。しかも役はその急死した役者がやるはずだった役だよ。だからセリフから何から、すぐ思い出すことができるのさ」
「ほう。ヘボ探偵でもないしヘボ役者でもないからな、きみは」
ヘイスティングズはしばらく黙った。そしてため息を吐きながら言った。「コーヒーでも飲もうか」。