犬には餌をやれ

 冷戦に勝利したのは日本だと言われる。米ソ両大国とその属国が互いに睨みあい戦いあう中で日本だけが平和を謳歌しつつ世界最大の債権国となり、アメリカは世界最大の債務国に転落した。第二次世界大戦で瀕死の重傷を負ったはずの日本がなぜ冷戦で勝利したか。それは軍事費に金をかけなかったからである。日本の防衛義務はアメリカに負わせ、そのために日本は国内に基地を提供し経済支援を行ったが、そんなものは自前で軍隊を整備し自前で他国と戦争ができるように常日頃から軍隊を維持する金に比べれば比較にならない。そのおかげで日本は第二次世界大戦前のように軍事費に金をかけることはなく、経済大国として邁進する事ができたのである。
 もちろんアメリカとしては日本の戦力を増強させソ連と戦う際のカードとしたい。所詮アメリカが求めるのはアメリカの国益であって、日本が過大に軍事費をかけようがかけまいが知った事ではない。しかし日本が立ち行かなくなっては困る、ソ連や中国と接近しても困る。そのアメリカの足元を見たのが吉田茂であり岸信介であった。吉田は朝鮮戦争時にアメリカからの戦力増強(警察予備隊30万人規模)要求を拒否し国力に見合った規模の警察予備隊(7万人規模)しか認めなかった。そしてアメリカからの要求を拒否するために使われた口実がアメリカが作った日本国憲法9条である。後に吉田は「戦争に負けても外交で勝つことができる」と述べた。
 冷戦の真っ只中である岸の時代に日本は軍事に金をかけず、経済で甦ろうとしていた。日本製品が輸出され日本の会社が利益を伸ばし、やがて日本経済がアメリカ経済に脅威を与える事がアメリカには予想できたが、そこでアメリカが口出しすれば日本で反米感情が高まり自民党が選挙で負ける可能性がある。そうすればソ連や中国に接近する恐れがある。あくまでアメリカの敵はソ連であるから日本を味方として扱わざるを得ず、経済大国化を黙認せざるを得ない。それをわかっていた岸や椎名悦三郎は安保条約によってアメリカに日本の防衛義務を負わせた。椎名は日本に駐屯するアメリカ軍を「お番犬様」と呼び、日本国内に基地を提供し経済支援する事を「犬には餌をやれ」と述べた。「アメリカに守ってもらう」のではない。アメリカを「お番犬様」として雇うのである。日本が飼い主でアメリカは「お番犬様」であるからアメリカに服従する必要はない、しかし犬に家を守ってもらうために餌をやるのである。
 アメリカに従属しているように見せてアメリカの弱みを突く、或いは日本の国益を実現させるためにアメリカを利用する事が昔も今も日本外交に求められる。しかし岸の孫である安部首相の時代になるとアメリカに従属しアメリカの機嫌を取ることだけが外交であるかのようで、まるで大企業のご機嫌取りに奔走する下請けの中小企業だが、しかしいつ大企業に切られるかわからない中小企業は大企業の言いなりのふりをしながらいかにして大企業を利用するか考える。そのような生き方を考える必要のない官僚、マスコミ、そして二世だらけの政治家達によってアメリカへ従属する外交が支持されているのである。二ヶ月前のオバマ大統領の訪日は空恐ろしいものであった。「尖閣諸島にも安保条約は適用される」とは従来のアメリカの立場を繰り返しただけであるのに、日本が小躍りするほど喜ぶ様子が世界中に配信されたのである。これでは世界に「日本は自国の領土をアメリカに守ってもらう」事を基本とすると宣言したようなもので、中国や韓国には「日本はアメリカとの関係を強化する事だけを第一としている」という印象しか与えない。
 アメリカの弱みは中国が巨大化する事であり、その中国と日本が接近する事である。そのため日本と中国が小競り合いをしていた方が望ましい。岸や吉田ならその弱みを利用して集団的自衛権やTPPでも日本が有利になるように策を巡らすであろう。どこの国の外交もそうやって国際政治を生き抜こうとしているのであり、かつて日本がアメリカを出し抜いて日中国交正常化を成功させた時にアメリカは激怒した。そのような緊張感が今の日本外交には微塵も感じられない。
 それにしても、かつての日本はアメリカを「有能な」番犬と思ってそれなりの扱いをしたが、今のアメリカは日本を何と思っているのだろうか。