下山事件 最後の証言 完全版/柴田哲孝[祥伝社:祥伝社文庫]

 さて本書は2007年9月25日19時8分にジュンク堂書店三宮店で購入したものである。言わずと知れた兵庫県糞田舎帰省逃亡時に買ったものであり、読んだのは2008年1月3日〜5日の同じく兵庫県糞田舎帰省避難時である。お前はどうして読むのにそんなに時間がかかるのだ馬鹿者めと言われるとすいませんとしか言いようがないが何を言う俺が自分の金で買うんだからお前には関係ないだろうがと言ってもいいのだがそうは言ってもこのような無駄なことをする自分はやはり反省しなければならないので今年はもっと身の丈にあった購入戦線を構築したいと考えております。無理であります。え。
 昭和史に多少なりとも興味を覚える者なら下山事件と聞くだけで胸が高鳴るものであるが、実は俺は今まで手を出していなかった。一度詳細を知ったが最後膨大な資料を読みたくなることがわかっていたからであり、本書の言葉を借りれば下山病患者になりそうだったからである。ただでさえラブコメや政治の他に色々と浮気しているのにこの上また妾を増やしては俺の身体が持たんというものである。しかし本書はこともあろうに作者の祖父や親族が下山事件の鍵となる人物であるというのだから面白いの何の。本書を読んだ1月3日が兵庫県糞田舎大型古本屋訪問六連発、1月4日が梅田三宮訪問酒池肉林祭とただでさえ興奮倍増のところにもって本書である。いやあ楽しいねえ。
 「下山事件」と言えば、歴史の教科書にも載っている有名な事件である。ただし教科書に載っているようなものはもはや雲の上の出来事と認識するのが普通であって、にもかかわらずそのような「歴史の教科書に載っているようなはるか昔のどこか遠い国の出来事のような」事件の断片が(しかもこれまで報道等で明らかになってないことが)親族の口から出るなどというのは驚愕である。下山事件が起きたのは1949年7月であり、俺の親父は1948年生まれであるからなるほどそう遠い出来事ではないのである。当時を知る関係者がまだ存命していることだってあるのだ。
 俺は下山事件の詳細を本書にてはじめて知ったのであり本書のどの部分が「新事実」なのかはわからないし、結局犯人はわからない。いやこの事件というのは誰が犯人なのかといった問題ではなく、当時のGHQ内の確執やCIAや日本政府や右翼といった混沌にして複雑怪奇な状況をめぐる断片しかなく、戦後のかつてない闇が表面化したに過ぎないのである。GHQにおけるGS(民政局)とG2(参謀第二部)との確執、国防総省(GHQ)と国務省(CIA)の対立、吉田茂佐藤栄作鉄道省満州大陸浪人・特務機関等当時の日本政府の底部に流れる人脈の奇妙なつながりなど、一度読んだだけでは把握しきれないほどの情報を本書は提供してくれる。まさに昭和史を調べる第一級の資料なのである。なるほど吉田茂は軍人軍隊嫌いであったが一方でタカ派でもあったのか。確かに吉田は公安調査庁を設立し「日本の諜報機関の父」と言われCIAとも密接な協力関係があったことは確かだが(CIAが自民党に資金を援助していたのは今や公然の秘密である)、そう考えると確かに下山事件とも繋がってくる。反共工作、国鉄大量解雇、「容共的」なGHQ、「正義漢だった」下山総裁…。
 しかし本書中で一番興奮するのはやはり当時を知る関係者の生の証言である。作者の祖父と事件において重要な証言をする供述者が年賀状のやり取りをしていたことが判明したり、「事件を詳しく知っているがそれを決して話そうとしない」作者の大叔父が事件当日の怪電話と一致する証言をしたり、下山総裁の検死をした東大教授(他殺説を主張)と事件の背後にいたとされる右翼の活動家が会っていたことがわかったり、更にはあの有名な七三一部隊の元兵士が「下山総裁は七三一部隊の人間によって殺されたはずだ。七三一部隊以外にあの犯行(血を抜かれて死んだ)はできない」とまで言うのである。謎が謎を呼びえらいことだ。戦後日本というのはこのような事件の積み重ねによってできていったわけか。
 ちなみに作者は1992年2月に、下山事件で最もその関与が疑われるとされる亜細亜産業社長の矢板玄に会いにいくのであるが、このあたりはどうも嘘くさい。作者が市役所に行って「矢板玄という人を探しているのですが」と言うと市役所の女性職員が「ちょっとお待ち下さい」と行ってしばらくしていきなり市長の部屋に通されたというのである。阿呆か。いくら何でもそんなことがあるか。三文ハードボイルド小説じゃあるまいし。しかも市長は「矢板先生にをお捜しとか…」と言ってその場で市長自らその矢板玄に電話をかけるわけである。それで実際に矢板の家に行き(当時78歳で存命。これはまあその通りだろう)矢板の正面に座ると「貴様、何者だ」と言っていきなり頭上に日本刀を突きつけられるわけである。ええと、それはちょっといくら何でも。どこの三文ドラマだ。1992年だろう。俺が小学4年の時でありそんな戦時中の憲兵みたいなことがあるか。それに対して作者が「いい刀ですね」と言うと矢板は笑いながら「面白い奴だ」…。何とも馬鹿馬鹿しい空々しい描写であって、そんな誰が読んでもわかるような嘘を大っぴらに書く奴がどこにいるのだそれを出版するような恥知らずがどこにいるのだ。ボケ。本書は下山事件に関する当時の状況や極めて重要な情報が詳細に整理されており大変参考になったが、こういうわざとらしい描写があると本書全体が陳腐なものに成り下がる危険性があるのではないかな。