フェミニズム殺人事件/筒井康隆[集英社:集英社文庫]

 うおおおおおおおおおお。ぬおおおおおおおおおお。こ、こ、これはまた、あの、これはまたすごい小説を読んだわけであります。ええ。ええ。もう何でしょうこれは。筒井康隆歴も10年になろうという俺ですがやっぱり大変なものですよ。いやもう大変なものですよこれは。    
 いわゆる「高級ホテル」に主人公を含めた六人の客が泊まり、上品な会話、贅沢な料理が流れるように繰り出され豪華というわけではないが非常に洗練された上流階級的雰囲気の中で物語は展開されるわけである。主人公は六年前にもこのホテルに泊まったことがあり、その時居合わせた客が今回も泊まっているというのだが、それは「気ちがいじみた楽しさだった」という。そうして会社役員や支配人夫妻に混じって主人公はいかにもお洒落な会話を楽しむのだがそれが普通の親密さとは違う妖しさをそこはかとなく漂わせており、そこへ新顔である美貌のキャリアウーマン(フェミニズム論者)が加わって更に妖しくなるわけである。そこへ第一、第二、第三と殺人事件が起こり、驚愕の大団円へと突き進み、俺はその「あまりの」完成度に読了後部屋中を走り回るはめになった。いや「完成度」というのはちょっと違う。むしろ今まで読み進めながら悶々としていた疑問を最後の最後で消滅させてしまったテクニックに完敗したというのが感覚的には正しい。本書は間違っても「心に残るとっておきの小説」とか「何度読んでも面白い」というものではないが、とにかくすごい小説なのである。どうすごいのかを具体的に言えないのがもどかしいが、「本来小説とはそういうものなのだ」という筒井康隆の高笑いが聞こえてきそうだ。そう言えばタイトルにもだまされてしまった。フェミニズムと書いてあるからついフェミニズム関係の人が死んだり動機やトリックがフェミニズムに関係するのかと思って読んでいると作者の思うツボであります。
 読めばわかるであろうが本作は決して「本格推理」ではないし、実験的な野心作というわけではない。あらすじを説明してもいいが内容自体は至って平凡なものである。しかし作者の極めて洗練され余計な語りが一切ない文章は芸術的な域にまで達していて、そこにどことなく妖しさが含まれているのである。そして展開される殺人事件という非現実感覚と、やたらと出てくる酒や料理が絶妙のスパイスとなって俺はこの世のものとは思えない浮遊感に何度か襲われた。更には次第に明らかになる「主婦売春」や、犯人が実は×××(さすがに書けない)にもう読んでいるうちに何が何だかわからなくなって、そして最後にスコーン!と、透き通るような細く芯のある音のように実にさわやかに物語は消滅していくわけです。うーん。いやもう本当に大変なものですよこれは。ああ何を言っているのか自分でもよくわからないのがもどかしい。皆さん、是非読んでください。そんなライトノベルスなんか読んでる場合じゃないですよ。
      
「六年前に何があったのか、もう聞かせてくれたっていいだろう」と、松本が言った。
 なるほど。事件の話はごめんだった。してみれば話すことはそれしかない。大阪までの道中は長いのだ。
「ひとことでは言えない、なんて、以前言ったけど」と、石坂(主人公)は言った。「じっくり話せるとなれば安心して、ひとことでも言えるんだよ」
「ほう」期待の眼で松本は石坂を見た。「それを言ってみてくれ」
「いいとも」と、石坂は言った。「全員が、全員を愛したんだ」
 彼は六年前のことを話しはじめた。