殺ったのは誰だ?! ミステリー傑作選36[講談社:講談社文庫]

 うーん。うーん。なるほど。これはミステリーだね。ミステリー傑作選ということで、なるほど確かに面白いですわな。面白い。しかしやはり俺が面白く感じるのは社会派ミステリーなのであって、「警視庁の副総監を義父に持ち、マスコミから『美人名探偵』などと謳われるホニャララホニャララ」が活躍しても鼻白むだけである。そんなもん真剣に読めるか。ラブコメじゃあるまいし。阿呆め。あ、でも昔の俺はこんな偏屈じゃなかったよなあ。このままでは今の俺はいかにもスイーツ(笑)が好きそうな阿呆探偵どころかシャーロック・ホームズ明智小五郎やエルキュール・ポワロなどの歴史的名探偵まで嫌いになりそうだ。どうしたものか。
 ミステリーには密室トリックや鉄壁のアリバイを解き明かす「理」の部分と、犯人がその犯行に至った生活事情や社会的背景にせまった「情」の部分があって、今の俺はやや「情」の部分に好みが傾いているとはいえ「理」の部分も嫌いではない。「本陣殺人事件」を読んだ時の衝撃は今でも覚えている。ああだから金田一とかコロンボみたいなモジャモジャ頭のよれよれコートが活躍するのはいいのか。身なりをキチンとしたいかにもダンディな好紳士あるいはろくな社会経験も積んでない高校生(講談社系のアレ)が出てくるから俺はむかつくだけか。それではスイーツ(笑)と同じレベルではないかもっと心を広く持って色んなミステリーを読め。いやじゃ。どうすれば。
 本書は1996年・1997年に発表されたミステリー短編の傑作選である。それぞれ「理」「情」に重きを置いた短編がバランスよく収録され飽きることなく読めたが、トリックや犯人を推理する「理」の部分が「また聞きした名探偵役が『それはこうこうだから、こうこうだろう』と決めつけて終わる」という拍子抜けするものであった(短編だから仕方ないか)。その代わり「情」の部分はさすが傑作選だけあって味わい深く、うだつの上がらない警察官が幼馴染の暴力団の男と男の家族の相手をせざるを得ないという「ダチ/志水辰夫」には思わずホロリとさせられた。
 しかし本書中で最も読み応えがあったのは「カウント・プラン/黒川博行」である。都会の片隅で細々と生きる男の日常が淡々と語られるのだが、目に入る風景で時々偏執的なまでに「数を数える」のである。今週はビールを29本飲んだ、電車には28人乗っている、吊り革は152本、ネクタイの縞は紺・緑・茶色がそれぞれ何本…。それと同時並行して書かれるのがデパートへの脅迫事件であり、警察が動き出すのであるが捜査の過程においてこの「異常に数を数える男」が浮上してくるのである。だが男は毎日8時から17時まで寂れた工場で働き、終わると一杯呑んで家に帰るという生活を続けるのみである。更なる捜査によってその男が「計算症」という一種の強迫神経症にかかっている事がわかり、まさにその「計算症」、目に入ったものはとにかく何でも数えずにはいられず、数えないと原因不明の苦痛に襲われるという病気によって何の罪もないこの男は事件に関わってしまうのである。
 この短編は都会の孤独や現代特有の精神病と事件が結びつき、警察という外部の目からその犯人の生活を追うことによってその病理が生々しく突きつけられるという「社会派ミステリー」の基本的な構図を見事に凝縮していると言えよう。こういう優れた社会派ミステリーを読むと、「純文学」や「エンターテイメント」という区分が阿呆らしくなりますな。いい小説はいいのだということですよ。