逆説の日本史(5)中世動乱編/井沢元彦[小学館:小学館文庫]

逆説の日本史〈5〉中世動乱編 (小学館文庫)

逆説の日本史〈5〉中世動乱編 (小学館文庫)

 おおっとこれはまたかなり面白い本を読んでしまいました。いやあページをめくるのがこれほどワクワクする本もなかなかないですな。まあ面白い本を選んで買っとるのですから面白いのは当然ですが、何と言いますかこの「逆説」シリーズは知的好奇心が非常に刺激されるのでありまして、会社をズル休みしてまで買った甲斐があった。しかも105円ですからねえ(@2008年12月1日・BOOKOFF荻窪駅北口店)。
 あまりにも内容が豊富なので何から紹介すればいいかためらってしまうが、本書では鎌倉幕府成立について書かれている。と言うとああ源頼朝とか北条政子とかの時代の話ねと大抵の人は想像してここから武士の時代が始まったんだねという知識もおぼろげながらあるだろう。しかしこれは大変なことであって、鎌倉幕府の成立は日本史上の大転換だったのである。即ち、公家・貴族(朝廷)の支配から武家・武士(幕府)による支配への転換である。
 政治の実権は長らく天皇・公家・貴族が集まる朝廷が握っていた。ではその朝廷政権はどんな政治をしていたのかというと、「歌を詠み、歌集を編む」ことしかしなかった。実際の生産的活動は武装農民=武士の手によって行われていたのである。しかし政治の実権は朝廷が握っていて(何せ向こうには天皇がいる)、汗水たらして開拓した土地も朝廷政権に奪われてしまう。次第に各地で朝廷に反乱を企てる武士が台頭し、とうとう朝廷も武士という存在を認めざるを得なくなった。その武士の総大将が平清盛である。
 しかし平清盛は幕府を作らなかった。なぜなら「幕府」とは政府そのもののことを言うのであり、朝廷という現政府に対抗する新政府を作ることになるからである。まだ「武士は公家の奴隷」という意識が色濃く残っていた時代である(サムライの語源は「さぶらう=仕える」であった)。そんな大それたことはできない。しかし武士でありながら、「歌を詠み、実務的な対応は一切しない」朝廷に入り官位を上げて一門をみな公家にした清盛に対する反発は強く、それ故東国武士団は平家に敗れた源氏の大将・源頼朝の下へ集まり出すのである。
 ここが第一の面白いところであって、「平家と源氏の戦い」など実は存在しなかったのである。重要なことは「朝廷・武家共同政権派」か「武家独立政権派」かであって、清盛以下平家の大部分が前者で源氏の大部分が後者を目指していただけなのである。現に源氏側の北条一門は平家出身であるし、平家の影響力が強い西日本地方では源氏でありながら平家軍の傘下に入ったものもだいぶいたという。そしてこの「武家独立政権」という考え方は、その後の頼朝と義経の確執にも関わってくるのだという。
 そもそも政府とは何か。もちろん強大な軍事力を持つ機関を言うのだろうが、それだけでは成り立たない。徴税権や人事権(賞罰権)、他にも司法権等が絶対に必要である。源氏が平家を倒した1185年ではその何一つとして鎌倉の武士達は持っていなかった。つまりこの時はまだ「源頼朝を中心とした東国武士団の集まりの場所」が鎌倉にあったというだけの話で、彼らはただの民間人なのである。朝廷に武力で脅迫して「平家を倒せ」という命令を出させて平家を倒したのはいいが、今度はその朝廷からそれら政府としての権限を武家側に譲るように策を弄さなくてはいけない。しかし義経は、こともあろうにその朝廷から検非違使という官位を嬉々として受け取るのである。これに頼朝に激怒した。今から独立して新しい会社を立ち上げようというのに、前の会社から「昇進させてやる」と言われ無邪気に喜んでいるわけで、義経は軍事の天才ではあったが政治家ではなかったのである。時代劇などで昔から「義経=美少年で気高くて悲劇の主人公、頼朝=腹黒くて弟の名声に嫉妬する嫌な奴」という図式が多々あったが、何のことはない、義経はただの阿呆だったのだ。
 ただの民間人の集まりでしかなかった武士たちだが、その強大な軍事力を背景に朝廷から様々な権限を与えられ合法性を獲得する。しかし重要なことは、結局「征夷大将軍」に任命されたとしても「鎌倉幕府をもって日本を支配する政府とする」明確な法律はついに制定されなかったということである。依然律令制というものが純法律的には日本を支配しており、「幕府」という文字は存在さえしない。形式的にはあくまで朝廷が政府であり、その朝廷が征夷大将軍を任命することで鎌倉幕府はその合法性を得るのである。ただし朝廷が幕府に刃向かうことはできないという実態から、「武士の時代が始まった」となるのである。うーん、わかりにくい。が、面白い。
 元が攻めてくる。迎え撃つのは当然幕府軍である。しかしよく考えれば、幕府が「日本軍」として元と戦う法律的な根拠は何もないのである。「朝廷は幕府にその権限を委託し、幕府はこれを行使する」と規定していないのだから当たり前であるが、それに疑問を持つものはほとんどいない。実質日本を支配しているのは幕府であり、それが自然だからである。「憲法には規定されていないが軍隊はある」のであって、これは日本国憲法そのものではないか。実に日本人はこういう民族なのである。
 憲法に「軍隊を保持しない」と書いているからと言って、日本人は軍隊の廃止を望んでいるわけではない。憲法に書かれようが書かれまいが軍隊は必要であるしそれが自然である。極端に言えば既に軍隊はあるのだから、それはあるべきなのである。そう考えるのが日本人なのであって、明確な権限なく幕府がこの日本国を統治し、それに唯々諾々と従ってきた歴史を見渡せば新たな日本像が見えてこよう。
 他にも勉強になる・目から鱗が落ちるような面白い記述が沢山あるのだが、まあこのへんで。とにかくこのシリーズ、読んで損はしません。俺も買い揃えることにしよう(古本屋で105円で)。