3 BOOKOFF浅草稲荷町店(台東区) 

      
 たたた大変だ。これはもうえらい事だ。非常事態だ。それはもう今までとは比較にならぬほどの非常事態だ。びっくりした。俺はもう本当にびっくりした驚愕した。こんな事が密かにしかし確実に進行しておったのか。なぜ誰も言わぬ。マスコミはなぜ何も伝えぬ。馬鹿な。こんな事があってたまるものか。 
 今や電子世界は「YouTube」が主役である。このとても使いやすい無料動画サイト(著作権違反サイト)は俺の欲望をいとも簡単に叶えてくれる。YouTubeで「B’z」を検索すればCDを聞かずとも何回でも曲を聴くことができるし、「ガキの使い」で検索すればDVDを買わずとも何回でも観ることができる。保存できないのは残念だが、それでも3時間950円のインターネット喫茶でこれだけ色々な動画を見ることができるのだから大変お得である。いいなあ。世の中はどんどん便利になっているのだ。たまには最先端の技術もいいのかもしれん。なに、俺のやっていることは著作権法違反だって?それはそうですな。でも、まあ、ねえ。罰金取られるわけでもないし。
 2ちゃんねるには俺のような非常に複雑で細やかな嗜好を持つ「和姦スキー」が集まる掲示板がある。鬼畜凌辱強姦輪姦ホモレズサドマゾが圧倒的多数派を占める巨大与党とは言えやはり愛を求める吟遊詩人は巨大高層ビル群の間に挟まれながらも笛を吹くのである。うわはははは。そのようにして電子掲示板ではあの本は和姦だもしくはあの本は反和姦の短編が二、三本収録されているから買わない方がいや買った方がという意見交換が行われるのである。このようにして顔も知らない日本のどこかにいる仲間とある目的に向かって邁進していく姿はさながら電車男のようだ。いいなあ。世の中はどんどん便利になっているのだ。たまには最先端の技術もいいのかもしれん。
 2ちゃんねる歴2年になる俺が今頃気付いてどうするのだ。なるほど2ちゃんねるにはありとあらゆる掲示板が揃っておるのだ。そうして惰眠を貪るくせに金だけはたんまりあるニートが暇にまかせて色々なことをしておるのだ。そこに和姦的成年漫画を収録したフォルダをそれこそ掲示板のように載せることができるアップローダーを紹介しているものがあったのだ。アップローダーというものが何かもわからぬうちに俺は電子空間を駆け抜けてそこに行き着いたのだ。どこに行こうと構うものか。ここはインターネット喫茶でありたとえウイルスでPCが壊れたとしても知ったことではないのだ。「ダウンロードするか?」と表示が出たのでダウンロードした。保存し、解凍して得たフォルダの中を見た。俺は驚愕した。そこには、ある和姦的成年漫画短編が1ページ1枚の画像として16枚収録されていたからだ。
 驚愕し、狂喜した。何と言うことだ。金を出さなければ決して手に入れることができない筈の漫画たちが、殊に今や珍獣扱いされている「和姦的」成年漫画短編を収録したフォルダが100以上あるのだ。もちろん和姦とは言っても俺が提唱する「地味で臆病で内気で気弱な」男が活躍する(というかヤる)内容ではないのもあるが、それでも3つに1つは俺好みのパッとしない「地味で臆病で内気で気弱な」男が棚ボタ的にかわいいかわいい女と活躍する(というかヤる)ものが存在する。これはいい。鬼畜凌辱強姦輪姦ホモレズサドマゾ作家と言えども1つか2つは和姦的な短編も書くのでありそれらも単行本に収録されるのであるが、その本に収録されている短編の大半が鬼畜凌辱強姦輪姦ホモレズサドマゾであるからして我々和姦派は合理的経済理論に則ってそれら和姦短編を泣く泣く見過ごしてきたのである(雑誌も同様である)。しかしこのようにお気に入りの和姦短編だけを切り取って電子保存されているこの掲示板かアップローダーかを使えば俺は世の中に存在する和姦ものを全て網羅することができるのである。万歳。うわは。うは。うははははははははははははははははは。世の中はどんどん便利になっているのだ最先端の技術よ素晴らしい。そして気が付けば大小20作品をダウンロードし保存し解凍し俺のものにしたのである。金も大した労力もなくよくぞここまで。
    
 ちょっと待て。
 20作品ほどをダウンロードしてそれらを全てSDカードに保存し直して我に返った。これは明らかに著作権法違反だ。それだけではない。今、俺のやっている事はどういう事
だ?本来雑誌や本を買ってつまり金を払うということによってのみこのような快楽は許されるはずだ。しかし十本ある成年漫画短編のうち1つが和姦で残りが全部反和姦な単行本や雑誌を買う阿呆はいないから俺のやっていることは当然の行為のはずだ。しかし、では単行本丸々一冊分が収録されたフォルダがあったとして(容量的に非常に難しいだろうが)、それらが全て俺好みの和姦だった場合、どうなるのだ?いやいやそんな回りくどいことをしなくてもよい。容量に問題があるのなら、それこそその単行本に収録されている全ての短編をそれぞれのフォルダに収録してしまえばよいのだ。そのようにしてその本の1ページ1ページを電子化して電子空間に放り投げ、俺はどうするか?単行本を買うとすれば900円近い出費となろう。だがこのアップローダーを使えば、このインターネット喫茶のPCを使えば、俺は本を買わずともそれらを読むことができるのだ
 ちょっと待て。待ってくれ。
 ご存知のように俺の人生の目的の半分は本を買い読むことである。物理的存在としての「本」を安く買うためにわざわざ古本屋に売られるまで待ち、その「本」を金銭と交換に手に入れ、その物理的存在としての本の中にある、紙に書かれた文字なり絵なりを読むことが俺の人生の目的であり生きる原動力となる快楽なのだ。この先もずっとそうだろう。だが本というものがなくても、つまり絵や文字という記号さえ読み取れたら本など二の次なのである。そのような情緒もへったくれもない事があってたまるかといくら俺が激しく反発しようと俺は少数派なのだ。何と言うことだ。俺は少数派なのだ。ちくしょうめ少数派というのはこういう事か。確かに最初は電子処理した絵や文字に違和感を感じるであろうが人間とは慣れる生き物でありいつか人々は本を求めなくなるだろう。本はなくなり本屋はなくなるのか。おお。地獄だ。一体何が起こっているというのだ。
 このようにネットで無料で読めるのなら誰も本など買わぬだろう。そうすると本は売れぬだろう。そうして全て電子販売になるかというとそうはならずやっぱりどこかのアップローダーで無料で読めるから誰も買わぬだろう。そうなると描く方は意欲を失うだろう。最終的には和姦エロどころか漫画と言わず小説と言わず作家は全滅するかもしれぬ(そうしてアマチュアばかりになる)。おお。おお。そうなった時俺の希望の灯は消えるだろう。俺は今、自分で自分の首を絞めているのか。だが俺一人が本を買い続けたところでどうなろう。俺は一人なのだ。とてつもなく無力なのだ。
 いや。いや。本がなくなるわけがない。本がなくなれば世の中が真っ暗闇だ。俺にとっても諸君にとっても。いくら電子本が発達しようとも、我々は本という物理的存在を手に取った方が安心するのだ。と、信じたいがどうなのだ諸君。都営大江戸線で蔵前まで行き、蔵前から一度地上に上がって浅草線蔵前から浅草駅へ。東京メトロ銀座線浅草駅から稲荷町駅へ行けばすぐそこにBOOKOFF浅草稲荷町店がある。片側2車線の広い道路の両端にはいかにも中小企業用と思われるビルや建物が土曜の夜の睡眠を貪っている。そうして古本屋に行く時のこの楽しみ。週に一度の楽しみ。このために俺は働いているのだ。まさかこの幸せがなくなるとは思えない。そうだそんなはずがないのだ。現にあれほど数々の作品がアップロードされておきながら一冊丸々アップロードされているものは皆無ではないか。やはり流す方もさすがに全て流出させてしまったら意味がないと考えているのだろう。何と言っても「和姦」を愛する礼儀正しき美しき人たちなのだからな。しかしあれは発売後1週間もたってない雑誌の短編を切り取ってアップロードしたものだ。それをぬけぬけとダウンロードし保存し解凍する。インターネット喫茶での作業なので絶対にばれることはない(家からなど危なっかしくて出来るか)。罪悪感と背徳感の絶妙のスパイス。やはり一冊900円もしくは古本屋で一冊105円を出して収録短編10本のうち和姦が1本しかないような本を買うよりはこうした方が合理的なのだ。何を言うか合理的などと言ったら23区の古本屋を毎週回り一店につき一冊しか買わぬという俺の方がよっぽど非合理的じゃ。おお俺の人生非常事態宣言だらけ。踊れよ踊れ一期は夢。
    
 たたた大変だ。また俺は厄介な仕事を任されることになった。俺はただルーティーン作業を淀みなくできるだけ騒ぎにならないようそして他人と接することがないよう極力一人で処理しようとやっていただけなのにそれが妙に評価されることになりもっと仕事をさせようということになったのだ。ますます簿記の資格を取らなければならないというプレッシャーが俺を…。