貧窮問答6 土曜日の女が来たりて悪態をつく

「というわけで」
「…」
「2ヶ月に渡る『炎と氷の地獄』から生還し、今や驚愕の代名詞、死の教典となりし阿修羅王の核心、ブライトライツ・ビッグシティたるこの俺にはですね」
「…はい」
「この時期にやらなければならない事がありまして、それはもう全てに優先してやらなければならない事がありまして」
「ドブタメ以外の事なら協力しますよ」
「ドブタメではなくラブコメでして」
「ほう」
「まあ12月となったわけで、その、今年の総括をですね」
「ダイエット失敗記ですか」
「ええと、やかましいわいこのクサレ女が」
「…よく聞こえませんでしたが」
「いや別に。ははは。とにかく12月なわけです。今年も終わりなわけです。この一年俺がどう生きたか。何を考えて生きたか。それを真剣に検証するためには」
「はい」
「やはり今年どんなラブコメ作品を買ったかをですね、徹底的に論議しなければと」
「却下します」
「なぜだ」
「気持ち悪い」
「男は女の上に乗ったら『気持ちいい』と言わせなければならんのだ」
「は?」
「いや昔の話です。それでは却下の理由を聞きましょうか」
「今日の私は全女性を代表して言わせてもらいますが、あなたが電子空間に垂れ流すラブコメ論は非常に不愉快です」
「『全女性』という事はあの摩訶不思議なやおい女も入っているわけですからその時点であなたの言う事は信用できないような…」
「私をあのような妄想変態女たちと一緒にしないで下さい」
「うわっ。ひどい事をおっしゃりますなあ」
「何がです」
「『やおい好き女は死ね』とか『レズ地獄高校に放り込んでやるぞ』とかよく言えますなあ」
「そんな事は言ってません」
「まあまあ、とにかく俺とラブコメは切り離せない仲なので」
「あなたは阿呆ですか」
「それは俺にとってほめ言葉だと言ってるでしょう」
「まあ私が何を言っても無駄なんでしょうけどね、またやるわけですか。あの『日本ラブコメ大賞』とかいうやつを」
「はい。これはもうね、俺の生涯最大のイベントと言いますかね。艱難辛苦に耐えてひたすらラブコメ探訪に励んだ俺の華やかにして陰湿な舞台ですからね」
「『艱難辛苦に耐えて』? どういう所が?」
「まず何と言っても田舎者の臆病自意識過剰青年が東京で一人暮らしをして且つ社会人として会社の歯車として頑張るわけですよ。もう涙が止まらない。全米が泣いた
「あなたは本当に阿呆ですね」
「おお。ほめ言葉」
「いい加減にしなさい。大体あなたは自分が会社でどういう評価をされているかわかっているのですか」
「まあ、大まかなところは」
「無口でたまに喋ったと思ったら滑舌が悪くて暗くて地味でおよそ若者らしくない気味の悪い青年と思われていますよ」
「はい」
「更に営業部門から管理部門に来たことでプレッシャーから解放されぬるま湯の味を知ったあなたは何とか管理部門に残ろうと、考えられるあらゆる手を使う気ですね」
「はい」
「何というみすぼらしい、いじきたない、卑怯な男でしょうか」
「何とでも言いなさい。俺には俺の生き方があります。あなたのように無目的にその場しのぎのありがたい理想論など唱えている暇はないのです。さっさと合コンとやらに行きなさい。或いはディスコにでも行ってキチガイのように身体を動かせばよろしい。俺にはもう時間がないのだ。簿記2級、1級、最終的には会計士補の資格を取らなければ。東京23区のBOOKOFFをまわりラブコメを追わなければ」
「…」
「この一年で俺はある考えに辿り着きました。それは『あらゆる物事は一夜にして変わってしまう』ということです。一夜明ければ病気も、人間関係も、秩序すらも劇的に変わってしまうのです。だからこそ、俺は一日一日を大切に、悔いなく生きていかなければなりません」
「…」
「いつ大病にかかってもおかしくないのです。いつ転勤となってこの東京に別れを告げてもおかしくないのです。だからこそ俺は俺の最善と考える今を生きるのです。おわかりですね」
「…わかります。あなたにはあなたの信念がありましょう」
「おお、やっとわかってくれましたか。その通りです。俺の行動はその全てにおいて何ら恥じるところはないのです。もはや俺の勝ちですな」
「では、話題を変えましょう。あなた、確か妹がいますね」
「はい。21歳の妹がいましてね。もう思春期も過ぎて、東京で頑張っている兄を純粋に慕っている大変にかわいい妹です」
「彼氏ができたそうですよ」
「…」
「…」
「…」
「…私の勝ちですね」
「…うーん」