貧窮問答3 東京迷走編

「と、いうことで全国4000人の『土曜日の女』ファンの皆さんこんばんは。土曜日の女です。うーん。やはり不便な名前ですね。これ」
「…」
「まあここにいるこの人はですね、『女性というのは本質的に娼婦だ』などと平気で言う人ですからね。『土曜日の女』みたいな、それこそ娼婦みたいな名前をつけるんですものね。皆さんどしどし迷惑メールを。コメントも荒らしまくって」
「こら待て。何を言っとるんだあんたは」
「あら。タモリさんどうしました」
「帰る」
「ああ嘘です嘘。タモリじゃなくてtarimoさんがいなければ私の出番が」
「なおさら帰る」
「いやほら。今日は」
「…今日は何だ」
タモリさんにですね…」
「…だから何だ(もう突っ込む気力もない)」
やおいの素晴らしさを知ってもらおうと。…いやちょっと首絞めないでくださいっ。訴えますよっ」
「あんたこそ何で俺の邪魔をするんだ」
「はい。邪魔。何の」
「俺の密やかな楽しみを」
「楽しみ。あのラブコメとかいう」
「そうそのラブコメだ」
「そこで今回の交渉ですが」
「だから交渉ってのは何なんだ」
「いやとにかくですよ。tarimo、じゃなくてタモリさん」
「え」
「あ、えと、tarimoさん。あなたは自分の置かれている立場をわかっていない」
「はあ」
「まず第一に、あなたは今非常にまずい状況に置かれているのです。具体的にいえばあなたの周りには敵がいっぱいなのに、あなたはさらに敵を増やそうとしています」
「ええと、敵というと、具体的にどんな」
「いつもラブコメだラブコメだと騒ぐでしょう」
「え。まあそれは。騒ぐというか。ほら」
「ところがあなたのいうラブコメは世間でいうラブコメとはだいぶ違います」
「まあそうだろうなあ。は、ははは」
「笑い事ではありません。Gooleで『ラブコメ』を検索したら、17件目でこの日記が出るんですよ(作者註:2月17日20時50分実施)」
「おお。それは素晴らしい」
「ところがその文章を見てみれば」
「は」
「やれ女がリードしろだの男は平凡で意気地なしがいいだのホモよ消えろだのと、大抵の女性は怒っています。そして男性だって怒っています。激怒です」
「いやあまあ、そうでしょうねえ。俺も他の人が書いた『ラブコメ小説』を読んで激怒しますからねえ」
「とにかくですね、大問題なわけです」
「はあ」
「そこでですね、聞きたいことは山ほどあるのですが、今日はとりあえず一つだけお聞きしたいのです」
「…」
「あなたは自分が和姦主義者であると言いましたね」
「それはもう。無理やりはいかんよ」
「ですが同時にエロにこだわらないと」
「まあそうだねえ。ラブコメであれば、エロじゃなくても。少なくともまずエロありきじゃないよ」
「そこのところがよくわかりません。ではなぜエロ漫画を紹介し電波にのせたのですが」
「それはそのエロ漫画とされているものが同時にラブコメとして優れていたからだ」
「つまりエロに市民権はないと」
「…ええと、それはまあエロに市民権は当然あるだろう。第一需要があるじゃないか」
「しかしエロ漫画には問題もあります」
「どんな」
「わいせつであるのみならず、それは若者の健全な姿ではありません」
「あのねえ」
「はい」
「あんたはどうやら俺を反エロにして、つまり反秋葉原軍の側に参入させたいようだがね」
「ええその通り」
「残念ながら秋葉原軍と俺は同盟関係にあるのであって」
「しかしそれはあなたがそう思っているだけでしょう。秋葉原及び秋葉原に佇む人たちがラブコメを、特にあなたのいう『平凡で意気地なしでおとなしい男が主人公』などという恥ずかしい作品を、どう思ってるというんですか。第一、オタクが好む作品で男が主人公の作品自体少ないじゃないですか。大抵は女が主人公です。それも萌えだか何だかわからない極めて記号的な女です」
「いやまあ、確かにそうなんだけどね。しかしだね」
「しかし何です」
「まあ信頼関係というのはもっと長いスパンで考えないといけないので」
「意味がわかりません」
「要するにだ、たとえ今のいわゆるオタクたちが俺の望むラブコメなりそれに類する作品を批判してもだね、コメント欄を荒らしわけのわからんメールを送ってこようがね、やはりラブコメ秋葉原及び秋葉原に佇む人たちとの間では一番交流が深いのだよ」
「…」
「まずあそこには自分たちがオタクであり非オタクからは健全な姿ではないと思われていることに対する開き直りがある」
「…」
「そして自分たち少数派の、マイナーであるが故の甘い蜜を吸うことに長けている」
「そうでしょう。所詮閉鎖された」
「だがね、少なくとも自分たちは健全だと思ったり世の中の流行に合わせよう合わせなければならないと思うことはない。ましてや服装や髪型とかいう外面だけ飾り立てて内面はほったらかし、などという極めてひねくれた思考をするものは、秋葉原軍には一人もいない。わかるかね」
「…」
「そういう雰囲気の中から俺のいうラブコメ、つまり『平凡で意気地なしでおとなしくて変態でブサイクな男が主人公』という作品が生まれる可能性は、極めて高い」
「しかし、今の状況がそうであるとは思えません。秋葉原軍が求める作品だって結局は『小学生が考えるような薄っぺらい正義感と特権意識にまみれた駄作』ばかりじゃないですか」
「いや秋葉原軍がそういった駄作ばかりなのは確かだ。しかしだね、他のいわゆる一般漫画雑誌はもっとひどい」
「…」
「強かったり、社交的であったり、勇気があったり、清潔であったり、男前であったり、オタクを疫病か何かのように考えてあったりする作品ばかりだ。そんなものに何の魅力があるのだね。いや確かに今やマニア向けの作品だってそんなものばかりだ。それにそれらの作品群が需要されているというのは確かに魅力があるのだろう。しかし俺がそれらに従う義務はないのだし、彼らを批判したっていいはずだ。俺にだって考えがある。言っておくが、もしも今のような秋葉原軍の状態が続けば俺とて考えるよ。しかしまあ、大体ラブコメなんてのは、特に俺のいうラブコメなどというのが少数派であることぐらいわかっておるさ。はは、は」
「…なるほど。つまり私ともう話すことはないと」
「え。あの、聞いてたのかい俺の話を」
「実はあんまり聞いてません」
「何だそれはっ」
「とにかく、交渉はまたしても決裂ですね」
「人の話を聞けっ。何なんだその交渉っていうのは」
「いいですか。あなたは私の言うことを聞けばいいのに聞かなかった」
「それが本音か」
「え。ああいや、おほほ。とにかくですね、もう先週のようなヘマはしません」
「は。ああ。先週のあれね。わはははははははははははは」
「何を笑っているんですか。ほら見なさい。これが『タモリではなくtarimo掃討作戦指令書』です」
「いや素直にtarimoと書けよ」
「そんなことはもうどうでもよいのです本当に。さあどうします。今ここで私に許しを請うのなら考えてあげてもいいですよ」
「はあ。あの、その指令書見せてもらえますか」
「どうぞ」
「ええと。…。おお、これは無理ですな」
「何がです」
「だって発令者が『土曜日の女』では、いくらホモレズ部隊だって動くに動けんでしょうが」
   
「隊長。こんな書類が来ました」
「ん。…何だこの『発令者:土曜日の女』というのは。誰だい土曜日の女って」
「さあ」
「ああ、思い出した。駅前にあるスナックのことだな」