泥棒は片道切符で/赤川次郎[徳間書店:TOKUMA NOVELS]

 2008年8月24日16時58分に広島の古本市場五日市店で105厘で買ったのが本書である。しかし今赤川次郎を読む人っているのかね。俺が中学生だった90年代中盤(95年〜97年頃)だと「読書が趣味ではないがそれなりに本を読む女(今のスイーツ(笑)とも違うし、「活字倶楽部」を読む女とも違う。30過ぎでまだ親と同居してとくに将来に目標もなくズルズルとOLを続けている中途半端な女、が一番近い)」というと例外なく赤川次郎を読む女だったと記憶しているが、実は俺も一時期赤川次郎を読んでいたのだ。まだラブコメと出会う前の中学一年の野球少年だった頃にどういうきっかけだったか忘れたが「三毛猫ホームズ」シリーズや「三姉妹探偵団」シリーズを読んでいて、今や天に唾を吐く永遠の反抗期反体制ニヒリズム&ダンディズムを標榜する俺にとっては非常に恥ずかしい過去であるが、まあ第一次大病戦争前であるから仕方ない。人はこのように過ちを繰り返して成長していくのであると言えこの野郎。
 赤川次郎作品の短所としては「登場人物が優し過ぎ」「キザ過ぎ」「人がたくさん死に過ぎ」「殺人犯の動機が精神異常や愉快犯など安易過ぎ」「会話が多くそれ以外の文が少な過ぎ」などが挙げられよう。要は非現実的なおとぎ話的ロマンチック・ストーリーなのであって、読書初心者や軽い読み物を求める読者にはそれでいいかもしれんが俺が求めるのは重厚で濃密な魂を揺さぶられるとにかくこんな難しい本を読めるんだよ褒めて的な書物であるから物足りんのである。しかし年に2、3回はこのような軽い読み物を読んで気分転換したりするのである。つまりそれだけ俺の読書範囲が広いつまり視野が広いのであって俺はすごいと誰も言わないから俺が言うぞこの野郎。
 「数ある赤川作品のシリーズの中でも、特にファンに大好評なのが、妻が刑事で夫は泥棒の異色コンビが活躍する本シリーズ」ということでありもう諸君はわかったであろうがこれラブコメなのである。いや正確に言うとラブコメではないのであって、なぜならラブコメにおいては主人公たる男には平凡さが絶対の条件として求められるが本シリーズは前述の通り「夫は泥棒」であり、これがまた苦み走ったいい男で刑事の妻の代わりに事件を解決に導いたりする憎たらしい男なのである。もしこれが「妻が刑事で夫は平凡な気の弱い小市民」であったら狂喜して日本ラブコメ大賞にランクインさせたであろうが世の中うまく行きませんなあとそんなことはともかくそういう小説なのである。
 で、前述したように本書も会話が多くスラスラと読める代物である。ただし面白くないわけではなく、これまた前述したように次々と事件が起こって人が死んでいくのであって、ああ殺された何脅迫されたよし張り込めうわ火事やおお爆弾投げ込まれたええまさかのご対面うへ兄妹でまた殺されたほんで動機はスリルんな阿呆なと2時間弱で読んでしまった。今回も夫は泥棒のくせに頭脳・体力ともに超人的な活躍を見せ、犯人兄妹の目的は「スリル」を求めるためといういかにも現実離れした理解に苦しむものであったがそこらへんは深く考えない方がいいんでしょうな。いや別に俺は本書を批判しているわけではなくて、それらの短所を踏まえた上でやっぱり退屈させず読ませる作者の技量はすごいと賞賛している…わけでもないか。あれ。俺は何を言いたいのかね。
 ちなみに犯人兄妹の結末はどこかで読んだことのあるストーリーだなと思いつつも心を鷲づかみにされるような面白さであった。これぞ赤川次郎的ロマンチックと言える。それにしても刑事の妻の夫への甘えっぷりは可愛く、立派なラブコメである。俺は結婚するならこんな積極的な女が欲しい…わけでもないか。だから何が言いたいのだ。とにかく今後もこのシリーズは定期的に買うことにしよう。