特別編 裏名古屋毒探偵突撃古本屋(1)

 もう半年程前のことになるが、俺とほとんど同じ時期に会社に入ったTが入社3年を期に辞めた。Tは俺とは違い快活で社交性があって視野も広く、しかも上司や先輩に対して言いにくいことをズバズバ言ってそれ故周りからも注目されるという、俺とは全く対極にいる人間だった。そんなTを俺は疎ましく思いできるだけ関わり合いにならぬよう避けていたが、入社早々仕事の関係で頻繁に連絡を取り合うようになってからそれなりの付き合いをするようになった。Tは俺のような「陰気でアキバ系2ちゃんねるをする」人間を実物で見るのは初めてらしく、よくそういう「アキバ系」周辺の話題をからかうわけでもなく世間話のように聞いてきた。
 社内一の有望株と言われるTの退職に周囲は愕然としていたが、俺には何となくその理由はわかっていた。東証一部上場企業と言えば聞こえはいいが内実は大手ならではの守りの姿勢と非効率・無責任な組織の論理が幅を利かせていて、俺のような保守的な人間はその保守性を次第に受け入れることができたがTのようなパワーほとばしる快活な青年には耐えられなかったのだろう。退職が決定した日の夜、Tと俺を含めたTの同期が集まって飲んだ時、Tは辞めた後「世界一周旅行をする。とにかく色んなものを見たい」と宣言した。エネルギーあふれるスケールのでかいTならではの発想である。またTの家はお金持ちであるから金銭面でも障害はないだろう。
「これまで何回か海外旅行をして、その度に俺は視野を広めることができた気がするんだ。だから今度は思いきって世界一周をしたいと思ってね。一年ぐらいかけて」
 俺は答えた。「それはいい。お前みたいな奴は日本でちまちま働くよりそっちの方がよっぽど絵になる」
「うん、やっぱり海外はいいよ。カルチャー・ショックの連続だからね」
「そうか」
「どうだい、君も海外旅行に行ってみたら」
「いやあ、怖いよやっぱり。それにパスポートをまだ作ってない」
「ははは。そりゃ確かに最初は怖いさ。でもそれを乗り越えたら新しい発見が必ずある」
「ふむ」
「一年経って日本に戻ってきたら、どこかに連れてってあげてもいいよ」
「うん、でもまあ、いいよ」と俺は言って、Tだけに聞こえるように言った。「俺は日本一周をするのさ」
    
 そんなわけで「大破の季節」を何とかやり過ごした俺は22〜24日の三連休をどうするか考えた。兵庫県糞田舎には例年通り年末年始に帰るのでパスするとして、ではいつもの土日のようにBOOKOFFや永神秋門(永田町神保町秋葉原門前仲町)に行くのかといえばそれはもったいない。ではどうするか。諸君もお察しの通り8月の広島一人旅以来すっかり旅行の虜になった俺はまたしても地方都市の大型古本屋を訪ね歩くことに決めたのである。できれば日本一周の旅をして日本中の大型古本屋を訪ねたいところだがそれは死ぬ一年前の楽しみに取っておくことにして、候補地は札幌・名古屋・京都・博多である。まず季節的な問題として札幌は除外し、残る3地のうち自分が今本当に行きたいのはどこか。前回広島へは飛行機を使ったので今回は飛行機を使いたくはない。飛行機を使わないということは新幹線になるができれば去年の新潟の旅のように在来線に乗ってゆっくりと行きたい。そのようにして博多・京都も候補地から外れ、11月22日12時、またしても見つかった虫歯の治療後の痛みの余韻を感じながら俺は名古屋へと向かったのである。