急がなければならない理由

 新型コロナウイルスによる未曾有の国難の中で検察庁法の改正案の審議が行われている。金、人、時間、持てる力の全てを投入してこの未知なるウイルスと戦わなくてはならない時になぜ審議するのか。なぜ急ぐのか。それはどうしても急がなければならない理由があるからである。

 安倍首相の自民党総裁としての任期が1年と半年を切り、いよいよ首相の座を退いた(或いは退かざるを得なくなった)時、自身に何が起こるか。加計、森友、桜を見る会の疑惑も首相でいる間は自分に累が及ぶ事はないが、首相を退いた後ではどうなるかはわからない。首相を辞めた後に疑惑を糾弾された政治家と言えば田中角栄であるが、それ以外にも中曽根、竹下、細川と権力者の地位を下りた後であれば検察の出方はわからない。ましてや後継首相が自分の政敵であれば検察は遠慮なく降りかかってくるだろう。そのため今から自分の身の安全を考えなければならない。

 それが強引な定年延長の閣議決定とつながる。とは言え延長の閣議決定をした1〜2月頃はまだ余裕があった。総裁四選が最も理想的だが、それが無理でも長期政権による実績を誇示すれば影響力を残したまま後継に譲る事も不可能ではない。そうすれば検察が疑惑を盾に自分に牙を向く事はないだろうが、念のため検察官の定年を延長させる手筈を整えていた。ところがコロナの影響で東京オリンピックが延期になり、経済は急落してアベノミクスで培った(と思っていた)好景気は見る影もなくなり、かつて「希望の党」騒動で死んだと思われていた小池東京都知事が息を吹き返した。つまり自らの地位が磐石ではなくなったのである。そして磐石ではないと知った時、今までの権力者は早々に辞任する事で被害を最小限に抑えてきたが、現在の権力者である安倍首相はあまりに長く権力に守られ、その過程で数々の疑惑を起こし、もはやそれらを封じ込める事ができずただ「現在権力者の地位にあるから」というそれだけの理由で追及がストップされているに過ぎない。それでも自殺者が出るなど実害は徐々に表れてきており、自分の身は安全ではない。それをわかっているからどれだけ強引と言われようと検察庁法の改正に突き進むのである。

 しかし昨年の「桜を見る会」から顕著だが、もはや安倍首相を守ろうという気概が政府や党の中枢から感じられず、そのため安倍首相は官邸の「お友達官僚」に頼らざるを得ない。とは言え所詮は官僚なので、アベノマスクのようなトンチンカンへと走ってしまう。今回の検察庁法改正ではこれまで以上に自民党は強硬採決の姿勢を取っているが、これはむしろ安倍首相の強引さを印象付けようとすら思える。いよいよ「安倍1強」に地殻変動が起こっているのである。