旅に出ても古書店めぐり/ローレンス&ナンシー・ゴールドストーン[早川書房:ハヤカワ文庫NF]

旅に出ても古書店めぐり (ハヤカワ文庫NF)

旅に出ても古書店めぐり (ハヤカワ文庫NF)

 そもそも「古本愛好家」「古本マニア(オタク)」「古本が趣味」等の人種は何だろうと考えてみる。というのも古本屋好き・古本好きな人が日本文学を好きだったりノンフィクションが好きだったりミステリーが好きだったりSFが好きだったりするかというとそうでもないからで、確かにそれらをたくさん読んでいるだろうが、好きの度合いで言うと「古本・古本屋」>「純文学・ノンフィクション・ミステリー・SF」となるのであって、大体「ミステリーが好き」「この作家が好き」であるなら今は電子書籍という便利なものがあるのだから古本屋に行ってわざわざ汚い古本を買う必要はない。事実、実際、本に囲まれている作家や大学教授が皆古本愛好家かというとそんな事はない。と言うより、古本愛好家というのは、俺がまさにそうだが、時代から取り残されたうだつの上がらない平凡以下の庶民が多い(「多い」であって、そうでない人もいますよ。念のため)のであって、しかし、だからこそ、古本愛好家達の悲喜こもごもの物語は面白いのである。
 なぜ我々は古本を求めるのか。その本に書かれてある情報を入手する事が目的なら電子データでもいいわけであり、更に言えばその情報をわかりやすく解説してくれるもの(インターネットサイト等)があれば本(情報)などいらない。普通の人ならそうなるが、しかし我々は「本」という形にまずこだわる。情報は「本」という、片手で簡単に取り出す事のできる「もの」の中で完結しているのであり、例えばタブレットなどという、一定時間が過ぎたら電源が切れてしまう機械よりも、「本」の方が優れている事を我々は知っている。だから本を選ぶのであるが、それならば新品でもいいという事になる。確かに新品の本を1ページずつパリッパリッとめくりながら読むのはいいもので、そこには役に立つ情報もあれば人生が楽しくなる情報もある、役に立つわけでも人生が楽しくなるわけでもないがなぜか面白い本もある。そういう本が、10年前に「新品」として、50年前に「新品」として、100年前に「新品」として世に出て人々に受け入れられ、しかしほとんどが忘れ去られていったのであり、それらの本は今はもう汚くなってしまったとしても新品として売られていた時代の空気とそれを読んでいた人々の感覚を残している。本を通して、その時代の残り香と人々の息遣いを感じる事ができる者が古本愛好家となり、お目当ての古書・稀覯本を求めているうちに「本の内容とは関係ない」物語に足を踏み入れていくのが本書であった…などと言うと日本の古本マニアのように「1万円で買った古本が別の古本屋で百円で売られていた話」や「古本行脚の旅」等を想像しがちだが、そこはアメリカであるから、コレクターである作者夫婦は古書業者や他のコレクターと実に社交的にフランクに会話し付き合っていく事になる。古書市で本を眺めていると「ああ、この短編集は素晴らしいですよ」と店主が話しかけてきたり、全米最大の書店チェーンの開店レセプション(そんなものがあるのかアメリカは)で「うちの稀覯本研究会の会合に出ませんか」と強引に誘われたりするのを読んでいると日本人である俺からすればリアリティがなく、小説でも読んでいるような気分となり、しかし小説だとしても登場人物達は皆親しみやすいコレクターや古書業者やその他古書業界関係者なので嫌な感じはしない。
 コレクターや古書業者と交際を深めつつ作者(古書マニア夫婦)は12世紀の本に実際に手を触れ、19世紀初頭のスキャンダラスなグループに好奇心を掻き立てられ、ある博物館の図書室で誰もが知っている18世紀の小説の創作ノートを見学し、イギリス王室のオークションに出かけ、古書市で同じ趣味を持つ者同士で楽しくお喋りしていくのであった。いいなあ。俺もこんな風に気軽にウィットに富んだトークを楽しみたいものだが…まあアメリカはアメリカ、日本は日本ですからな、やっぱり俺は黙って本を物色している方がいいか。いきなり「興味をお持ちの分野は?」とか話しかけられても困るわなあ。それで「昭和40年代後半〜昭和60年代までの週刊誌を探しています」「SFアドベンチャーを探しています」とか言って、「ああ。それなら、うちにはないですけど、知り合いの古本屋が持っていますよ。紹介しましょうか」みたいに会話がうまい具合に転がるならいいが…まあ無理ですわな。アメリカの古書市に行ったらどうなんのかなあ、一生に一度はアメリカに旅行に行って…ホワイトハウスを見たいと思っとるが…古書市なんかには行けんわなあ、でもなあ…。
   
 対照的に、マリアブの古書市はむしろパーティに近く、和気あいあいの感じだ。入った途端に、騒々しい物音が耳に飛び込む。客達の年齢も相対的に若く、服装もカジュアル。人々は物を食べながら歩き回り、雑談にふけり、軽口を叩き合う。こっちのブースの業者があっちのブースに腰をかけて、こんな事を客に言う風景も珍しくない。「ああ、この店の本はよくないよ。うちのブースへいらっしゃい」
   
「ジョンです」
「こんにちは、ジョン。ナンシー・ゴールドストーンです。これは『ビブリオ』の取材なんですが、あなたが昨日『サザビーズ』の競売でお買いになったチャーチルのセット物の事で、少しお訊ねしてもいいですか」
「ナンシー、その『ビブリオ』というのは何だね?」