誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答/山本夏彦[文藝春秋:文春新書]

誰か「戦前」を知らないか―夏彦迷惑問答 (文春新書)

誰か「戦前」を知らないか―夏彦迷惑問答 (文春新書)

――皆さんこんにちは。「土曜日の女」です。今回の「脱走と追跡の読書遍歴」はですね、本書の形式を真似て、このように私とtarimoさんの問答形式で進めさせて頂きます。
 それはまあ構いませんが、大丈夫ですか。あんたみたいなバリバリ仕事ができるわけでもなく女の魅力も磨いていない、本もそんなに読まない中途半端な人に。
――またそうやって主導権を握る気ですね。
 主導権も何も、これは俺のブログやからね。そら俺が主導権握らんかったらどうするんですか。
――そんなんだから結婚できないんです。
 いやほら、男はいいんですよ男は。いい歳して独身の男なんて昔からゴロゴロいますから。そのために風俗とかが昔からゴロゴロあるわけで。大体ね、男は40歳でも50歳でも子供作れるんですよ。でも女はほら、35歳過ぎたらもう駄目でしょう。
――(無視して)この本はどうでしたか。面白かったですか。
 そうですね、やはり日本というのは戦前、それも明治の頃までが良くて、それからは下り坂を転げ落ちるように堕落していったと。だから最近の若者は全てにおいてけしからんのだと老人が言って、それを聞いた老人たちが拍手喝采するという、非常にいやらしい本でしたね。
――そうすると私だけでなくtarimoさんもけしからんということですね。
 いやそこなんですけどね、この作者は「日本の堕落は大正デモクラシーから始まった」のであって、「日本が世界に通用するすごい国だったのは明治までの話だ」と言ってるんですが、この作者は大正生まれで物心ついた時にはもう昭和ですからね。結局この老人だって明治の人から見たら「けしからん若者」なわけですよ。そのくせ見たり聞いたりした知識でもって相手役の女性を詰るわけです。これはある意味非常にうらやましい。
――それをうらやましいというのがもう…
 大正デモクラシーと言えば何と言っても普通選挙ですよ。でもそれはあくまで男全員に選挙権を与えようということで、女性には与えられませんでした。なぜだと思いますか。
――やっぱり、まだ女性の人権というのがなかなか認められなくて…
 いや、違います。女性は別に参政権なんて欲しくなかったんですよ。
――そこまでその時代の女性は馬鹿だったと言いたいんですか。
 いやいや、そういう話じゃなくてね、日本婦人だけじゃなくて世界中の婦人がいらんと言ってたんです、参政権に対して。フランス婦人なんか実際にいらんと言って断ってます。それをアメリカがうるさく言うから仕方なく与えたんです。
――でも、平塚雷鳥とか、市川房江とか…
 そりゃいつの時代もそういう過激な勢力というか、先進的なぐらい先進的な人はいるでしょうよ。国会図書館に行って当時の新聞を読んでみりゃいいですよ。「女性にも参政権が必要」なんて書いている新聞がありますか。大体あんた、選挙行かんでしょう。
――まあそうですけど、男でも行かない人はいっぱいいるでしょう。
 いやそりゃ男にもそういう馬鹿はいるけどね、だからと言って「男も馬鹿だから女も馬鹿でいいんだ」っちゅうことにはならんでしょう。
――女性を馬鹿にしないで下さい。
 いや、俺は女性を尊敬しているくらいです。参政権がなかったから女性は馬鹿だったわけではありません。昔の女性はそれはもう素晴らしかった。「歴史は男が作り、女はその男を作る」という言葉があるでしょう。今は女が歴史を作ろうとして、こんなひどいことになっているのです。
――納得いきません。
 ほう。では納得できない話をもう一つ。戦前でももちろん女性の教師というのはいましたが、一般的に女性は学校に行かない方がいいと言われていました。なぜだと思いますか。
――さあ…
 学校へ行くと生意気になる。嫁のもらい手がなくなる。
――あなた、こういう話題になると嬉しそうですね。
 だって事実そうでしょうが。このまま無縁社会が続くと男の4人に1人が未婚になりますが、女は3人に1人が未婚です。それもこれも学校に行くようになったからです。
――納得いきません。
 俺は事実を言っとるのだ。学校に行くようになって日本女性の伝統である茶や花や手習いといったお稽古ごとは滅びた。そして日本女性は日本女性ではなくなったのだ。
――そりゃ私は茶も花もわかりませんが…。男の伝統の方はどうですか。
 男というか、明治の教養人は和・漢・洋を習得しました。自国の古典はもちろん文語文を難なく読んで、漢文・漢詩もマスターしました。夏目漱石漢詩文を楽しんで書いた、その上西洋の言葉も覚えた。これが大正ぐらいになると和も漢もそれほど重視されなくなって、戦後はとにかく英語を話すことができれば世界に通用すると言われて国語も漢文もどうでもよくなった。自国の古典を知らず、英語も中途半端になって、教養ある日本の男性はいなくなった。
――で、tarimoさんは。
 もちろん、和・漢・洋どれも駄目です。
――わーい。われら皆兄弟。
 やかましい。とにかくそんなわけで、本書は真剣に読まんといかんのです。どうです、あんたも読んでみては。
――誰が読みますか、こんなの。
 やっぱり生意気だなあ。