3 敗者だけが笑う(10→1)

10位:彼と彼女の(オタク)2/村山渉[幻冬舎幻冬舎コミックス

彼と彼女の(オタク)2 (1) (バーズコミックス)

彼と彼女の(オタク)2 (1) (バーズコミックス)

 現在の日本社会における「平凡で冴えない青年」は多かれ少なかれオタクであるから、「平凡で冴えない青年」を描くのに「オタクであること」を避ける方がもはや不自然である。しかしいまだに主人公をオタクとはっきり描写するのは(一昔前よりだいぶ増えたとは言え、全体的には)少数である。これだけオタク文化が大量に溢れていてもやはり現在の日本社会において「オタク」は毀誉褒貶の対象になっているからで、作者側はもちろん、読者側もどういうスタンスで「オタク」に接すればいいかわかっていないのである。
 しかしながら「オタク」が日常から超越した(故に排撃と嫌悪の対象となった)存在であるなど90年代後半までの話で、00年代以降に物心ついた若者たちは既に「オタク」を「その他多くの『趣味』の一つ」として消化している。それを踏まえればオタクを舞台にした物語に何ら恐れを抱く必要はない。そうすることで「オタク=勉強もスポーツもできない冴えない男」が主人公となる物語が広がり、ラブコメも増えよう。いい事だらけではないか。
 さてそこで本作であるが、まずオタクというやや癖のある(というより必要以上に周囲に対して脅えている)キャラクターを否定も肯定もせずに淡々と描写しているところを評価したい。いまだに極端にデフォルメ化されたオタク描写が蔓延する日本漫画界にあって頼もしい限りである。ただしパワー不足でもあって、作者が女だから仕方ないのだろうが、この国でオタクであることによって背負わされる「負のパワー」を乗り越えるために必要な更なる「パワー」(負でも正でも構わない)が根本的に足りない。もっとも、だからこそ本作は優しい雰囲気に包まれていることも事実である。気になる異性に声をかけることもできず、向こうから話しかけてきてもほとんど言葉が出ない主人公に優しい偶然を与えることによってきっかけを作り、何とか発展しそうだという余韻を残して終わるパターンは何度読んでも優しい気持ちになる。また各ヒロインはオタクで臆病でとても女とまともに話せない主人公になぜか悪い印象を持っていない(実は彼女らも多かれ少なかれオタクなのだが、同族嫌悪的なものは一切ない)ことからもわかるように、生暖かいぐらい生暖かい目で見守らないと「オタクの恋」は成立しないことを作者はちゃんと把握しているのであり、それによって本作は立派なラブコメとなっている。
 しかしつくづく思うのは2011年においてやや暗めの青春を書こうと思えばもう「オタク」というのは避けて通れないということであって、本作はそれに対する嚆矢となり得るほどの優れた作品である。
 
9位:LOVE LOOP/かたせなの[少年画報社:YCコミックス]
LOVE LOOP (ヤングコミックコミックス)

LOVE LOOP (ヤングコミックコミックス)

 ラブコメとは「平凡で冴えない男になぜか美人な女が言い寄ってくる」ことで読む者に「癒し」を与えるものであるから、消極的な男に対して女が積極的にならなければならない。つまり女の側が誘惑するわけだが、誘惑すると言ってもただ股を広げればいいわけではない。読者に「癒し」を与えるための誘惑でなければならず、そのためには「リスク」と「優越」の問題を解決しなければならない。
 「リスク」とは他人である男女が恋愛関係の仲に発展する時に背負うべき義務の程度であって、恋愛が自分以外の他人との関係である以上そこには乗り越えなければんまらない様々な壁があり、その結果思うように行かないことが多い。また昨今は「女尊男碑が当然」であるから、男にとっては尚更思うように行かない。この「思うように行かない」ことが「リスク」であり、ラブコメの場合このリスクをゼロにするためにヒロイン側を積極的にさせるのである。積極的なヒロインが主人公に愛を告白することで関係が始まるわけであるから「壁」に対する負い目はヒロイン側が引き受けるのであり、主人公は負い目がない、つまりよほどのことがない限り思うままに行動できることになり「リスク」から解放されるのである。だからと言って傲慢に傍若無人に行動するわけではないが、ポーズとしては「ヒロインが告白してきたら仕方なく付き合って…」という逃げ道が用意されることになる。そのようにして主人公(男)側はヒロインが起こした行動に乗りつつもリスクは取らなくてよいのである。これが主人公(=読者)に余裕を与え、その余裕は「優越」となって、ヒロイン側が積極的に性交渉等において立ち回ることによってますます強固なものになっていき、読者は癒されるという寸法である。
 特に本作の場合少女漫画のような細い線によって描かれたヒロインたちが積極的に動き回り、主人公は流されるままに性交渉等に応じればよく、ヒロインはそれでも主人公に抱かれて幸せな雰囲気を全身に醸し出しながらストーリーが展開されていくのである。至れり尽くせりとはまさにこの事で、甘くておいしいお菓子が用意され、おいしい飲み物も用意され、更に高価なマッサージチェアがあって…という風に何重もの癒しの要素が用意され素晴らしいの一言に尽きよう。こういう本に出会った時が一番、「ラブコメを追い求めてきてよかったなあ」と思う時である。
 
8位:はかない!/えむあ[少年画報社:YCコミックス]
はかない! 1 (ヤングコミックコミックス)

はかない! 1 (ヤングコミックコミックス)

 ラブコメの永遠のテーマが「空から女が降ってくる」であることは論を待たない。まさに棚ボタ的展開の最たるものであり、そのような都合の良い設定をぶつけながらいかに物語として、或いは商品として陳腐なものにならないようにするかが作者の腕の見せ所であり俺の評価のしどころなのである。
 通常そのような「都合の良い展開」には違和感がつきまとうが、では違和感を消さなければならないかと言うとそうではない。ここに誤解がある。ラブコメに限らずあらゆるフィクションに違和感は付いてまわるのであり、本作のようにその違和感を維持することによって不快さが取り除かれている、という風にするのが実は一番ハズレがないのである。つまり本作は違和感を維持することによって「都合の良い展開」から通常生じる読者の不快さを打ち消すことに成功しているのである。
 本作では第一波の「違和感」によって第二波の「都合の良い展開」そのものの印象を打ち消すため、ヒロインを魅力的に描くことに最大限の努力が費やされてる(これは1位の作品にも言えることだが)。そのため本作のヒロイン(ノーパンかつパイパン)は「空から女が降ってくる」ことを極端なまでに徹底していて、更には全く正体不明ながら主人公にまとわりつき、それによって性交渉描写があろうがなかろうがヒロインの純粋性が強調され魅力的に映ることになっている。ラブコメという特異な形態でしか成立しない「魅力的なヒロイン」を、作者が(或いはこの作品が)意識している(もしくは無意識に把握している)からこそできる高度な技が目の前で展開され、更に畳み掛けるようにヒロインが主人公に愛を告白し実際の性交渉においても常に愛の存在を忘れないことで読者は「空から降ってくる」も「違和感」も「都合の良い展開」もどうでもよくなるほど引き込まれてしまうことになるのである。
 ラブコメという特異な形態でのみ成立するキャラクターを活かすことによってこの作品は秀でている。またそこに「売れない小説家(ゴーストライターで稼いでいる)」という癖のある主人公を持ってきたことでスタイリッシュさと泥臭さを同居させているのも本作の魅力に相乗効果を生み出している。何度も読むと確かに「都合の良い展開」への強引な手法の粗も目立つが、それは些細な問題でしかない。本作は非常に高度なラブコメなのである。これで輪姦・ヤリマンなアレがなければ(読んだらわかります)1位だったのだがなあ。うまいこといかんが、「カリモノ競争」(注意深く読めばわかります)はツボにはまるくらい面白かったので良しとしよう。
 
7位:ノエルの気持ち/山花典之[集英社ヤングジャンプ・コミックスBJ]
ノエルの気持ち 1 (ヤングジャンプコミックス)

ノエルの気持ち 1 (ヤングジャンプコミックス)

 本作をわかりやすく言えば、トレンディドラマをラブコメ風にしたものである。トレンディドラマの主人公をイケメンではなく普通の平凡な男に、正義漢でも悪党でもない普通の男にすれば立派なラブコメになるという見本のようなものが本作である。またトレンディドラマでは主人公が社会人であるのが普通でありそれが社会人である俺には好印象で順位にも影響したが(もはや高校生や大学生に感情移入するには多大な労力を要する)、逆に高校生や大学生が本作を読むといまいち楽しめないかもしれない。社会人の主人公の立ち振舞いもしっかりしていて崩れないのでヒロインの他に主人公に想いを寄せる女がいても「複数の女と関係を持って揺れる」という状態に発展しそうにないのが物足りなくもあるが、後述するヒロインとの関係を考えればこの人物設定はベターであった。もちろんラブコメとは日常における恋愛的な騒動と戸惑いを楽しむものであり主人公は程度の差はあれど慌てふためいて戸惑わなければならないが、本作では主人公以外の周囲の人物たちをコメディ的に処理することで主人公を巻き込んで適当にデフォルメもされているので窮屈な感じはしなかった。
 とはいえ何と言っても本作は「義理の妹」であるヒロインが持つ安心感と破壊力を存分に発揮していることに特色がある。「義理の家族」という微妙で危ない関係にヒビが入ることで波紋が生まれ、「義理の妹=心を許した家族」という安心感によってその波紋は心地よいときめきとなり、そのあたりを洗練しながらもいつ壊れてもおかしくないような儚さが描かれている。ヒロインである義妹は高校生ながら世界レベルの優秀なスケート選手であり(トリプルアクセルもできる)スケート界のトップを目指すが一方でラブコメのセオリー通り「お兄ちゃん大好き」な妹でもあり(「兄にたくさん褒めてほしくて私…スケートを続けて来たんです」)、その兄に対する一途な気持ちとすれ違い(兄は妹が義理であることを知っているが、妹は義理の関係にあることを知らない)を抱えながら銀盤上で美しく踊る姿はまさに洗練さと脆さを表している。
 「お兄ちゃん大好き」な美しいヒロイン(妹)にとって憧れの対象である主人公(兄)はヒロインの行動原理なのであり、それゆえこの主人公(兄)はストーリーの鍵を握る。これこそまさにオーソドックスな王道ラブコメの構図であって、「イケメンではない普通の主人公(兄)」をヒロイン(妹)は盲目的に愛し、それによって主人公は、本来なら(普通のトレンディドラマなら)話を引っ張るはずのヒロインの行動を左右するという点で上位の存在となるのである。それでも主人公はあくまで「平凡」な存在を維持してヒーローにはならない。それがラブコメの面白さなのである。
 本作のような漫画こそドラマ化するべきなのだ。まあそうなったら主人公にイケメンを起用してストーリーも大幅に変えられるだろうから…やはりアニメ化が一番無難だろう。アニメにならんかなあ。「夢で逢えたら」(2000年18位)みたいに。
 
6位:いらっしゃい青春/はしもとてつじ[久保書店:ワールドコミックス]
[rakuten:surugaya-a-too:10808590:detail]
 さて本作は去年4位となった「あした天気になァれ」と同じ作者による昭和の漫画である(昭和55年発行)。「携帯電話もインターネットもない」などという次元ではない。まだ「オタク」も「萌え」もない時代の「青春ロマン」を謳った作品集であり、しかし立派なラブコメである。平成23年現在のように女どもが肌の露出の多い服装で平気で闊歩できるような生き方をしていない時代の若者たちの青春はウブで純情で、A(キス)だけで大騒ぎするぐらいであるからC(セックス)をするなど遠い国の出来事のように現実感がない。実際に旅館や個室喫茶に入っても初々しいカップル達は「ごめんね。やっぱりCは…こわいわ」と言って初々しいまま終わるわけであり、それはセックスというものが「自分達のような未熟な者がやってはいけない、ちゃんと責任が取れる自立した大人でなければやってはいけない」ものだということが社会通念として存在し彼らがそれをしっかりと認識していたことを意味している。そしてそれ故に彼らは自分達が大人の階段を登ろうとしていることに気付くのである。まさに青春のロマンではないか。
 とにかくこの一冊にはウブで純情な若者達の優しさ・甘酸っぱさ・若さが溢れていて、何度読んでも微笑を禁じ得ない。またラブコメは「平凡でおとなしい男に美人の女が寄ってくる」ことを基本としているが、本作のヒロインたちは美人とは言及されておらず、それでも問題ないのである。なぜなら昭和55年当時は現在のように過剰に「美人」を求められる時代ではなかったからであり、美人でなくてもお見合いや職場での出会いで何となく結婚してそれなりに幸せに暮らすことが可能だったからである。今や女が男と同じように働くことを当然とする風潮の中で「何となく結婚する」ことは認められなくなり、男たちはセックスの相手としての「女」かどうかを厳しく見極めることになった。そのため「美人かどうか(=セックスの相手として魅力的かどうか)」がラブコメの基準の一つとなってしまったのである。だが本作はそうではない。「ほとんどの人が落ち着くところに落ち着く(結婚する)」のだから、平凡な男(主人公)にもガールフレンドはいて当然なのであり、そのガールフレンドは「美人でスタイルがよくて…」でなくてもよいのである。今は幻想となった「一億総中流」の中で、「平凡だが穏やかに幸せに暮らす」ことが当然できるという前提で物語は進められ、C(セックス)に臆病となって断念しても「気にするなよ。あんなのいつだって出来るさ。だってこれからもずっと一緒だろ」「うん」と言う主人公とカップルは実にいい顔をしている。まさに青春の1ページである。
 それにしても…やはり昔はいい時代だったなあというのが俺の結論である。女たちは色気を振りまく必要がなかったし、それに反発する必要もなかった。総合職として男と張り合うこともなかった。男から見た、セックスの相手としての「女」の存在感を主張する必要もなかった。セックスとはもっと日常で滲み出るものだったのだ。それがこの作品を読むと痛いほどわかる。いつからこんな時代になってしまったのだろうか。
 
5位:つぼみな奥さんポン貴花田双葉社:ACTION COMICS]
つぼみな奥さん (アクションコミックス)

つぼみな奥さん (アクションコミックス)

 何度も言うようにラブコメとは「平凡で冴えない男と美人な女」の物語であるから、別に夫婦でもいいわけである。むしろ「夫は平凡で冴えないのに妻はかなりの美人」とした方がインパクトが強い場合もある。11位で言ったように夫婦には「何をやっても許される」という安心感がある、社会的に認められた形態であるから、何物にも干渉されない強固さに守られている。どんなにアクロバティックな体位に挑戦しても変態的世界を築き上げてもいいのである。
 ただし安心や強固である故に揺らぎがないという弱点もある。結婚しているために主人公(夫)は複数のヒロインの間を漂うことはできないからで、もちろん結婚していても女が寄ってくることは展開としてはありえるが、それは「不倫」という非常にリスクの高いものであってラブコメによる「健全」な「ワクワクドキドキ」とは違うものでありあまりいいものではない。不倫には不倫の快楽があるが、ラブコメというのは都合の良い展開を駆使して読者を癒すものであってスリルを味わうものではないのである。
 その点、本作は複数の女に言い寄られフラフラするという展開をきっぱりと拒否して主人公とヒロインだけで話は展開される。それは繰り返すが「複数のヒロインの間を漂う」ことを基本とするラブコメとしてはマイナスであるが、その弱点を「妻に先立たれた子持ちの男」に「積極的に近づく若い女」という対比で補っているどころか、そのようなコブ付きの男に女が降りかかるという構図でより深い「ワクワクドキドキ」を読者に与えているところが新鮮であった。本作は双葉社ブランドであるから各話の半分以上は主人公とヒロインの性交渉シーンで埋められているが、その性交渉は夫婦(或いは間近に夫婦となる)によるものと読者側はわかっているから生活臭やマンネリ感が出るはずが、子持ちの男にためらいなく若い女をぶつけてエロさを表現しながら夫婦であることの安心感もまたためらいなくぶつけることで性交渉による充足感をより深いものとして描写している。また随所で前妻の子供とヒロインの交流を描いて母性愛にも焦点を当て、且つ「弟や妹を作ろう」という現実的な生活臭がその母性愛と相乗効果となって性交渉シーンを見るときにどうしても感じる罪悪感を意識させないことに成功しているのである。簡単に描かれたようでなかなか作り込まれた作品となっている。
 また最後のシーンを見ればわかるように、より大きな視点として「家族」が描かれている。恋愛や性交渉は快楽を貪るためのものであるが一方で子供を産み家族を作るという厳粛なものでもあり、愛し合う夫婦の肉体的な快楽と家族の幸せは別次元ではなく深いところでつながっているということがよくわかる。本作は、エロいのに胸が熱くなる名作である。
 
4位:キャサリン/ATLUS・川上亮富士見書房:ドラゴンブック]・キャサリン 公式ビジュアル&シナリオコレクション ヴィーナスモード[アスキー・メディアワークス
キャサリン (富士見ドラゴン・ブック)

キャサリン (富士見ドラゴン・ブック)

 日本ラブコメ大賞は基本的に書籍に与えられるものであるが、ゲームや映画でもそれが優れたラブコメならば評価する。便宜上、ノベライズ・ビジュアル資料集をチャートインさせたが、今から論じるのはゲーム「キャサリン」のストーリーについてである。
 32歳の、恋人はいるがどこか冴えない男が主人公、ということで既に平均点は満たしている。問題はそこからどうプラスアルファとなるかだが、32歳の本命恋人と22歳の浮気恋人(どちらも名前は「キャサリン」)の間で右往左往する主人公の姿が素晴らしく、また本命の方も浮気の方も主人公には勿体ないほど魅力的でありながら主人公に依存している姿をはっきりと描いていることがラブコメの主人公としての立ち位置を強固にさせ、更に罪悪感というスパイスまで効かせている。またストーリーの段取りがいい。(1)浮気恋人と関係を結ぶ→(2)本命恋人の妊娠発覚→(3)両ヒロインの間で悩む主人公→(4)修羅場、という丁寧さで主人公の逃げ場をなくし、「冴えない男が両ヒロインを天秤にかけた」ことが強調され、その冴えない男が冴えないまま、スローに、しかし着実に危機に対処していく描写も好感が持てよう。
 しかもどんな危機に対処するかというと「夢に見る世界で、パズルを攻略する」のであるから、かなりの平凡性が確保されている。「夢」が舞台なのだから、一握りのヒーローに用意されたわけではない、万人がその舞台の主役になることができるものであり、それによって読者(プレイヤー)は一気に感情移入できよう。ゲームだとすぐ「ファンタジーとモンスターの世界」になるが、それではいくらラブコメ的描写があっても絵空事である。「平凡な男」が主人公なのだから、当然その舞台や事件は「平凡な男」でも容易に関わることができるありふれたものでなければならないのであり、その「平凡で冴えない男」がトライとエラーを重ね、少ない勇気を振り絞って徐々に理不尽な世界に立ち向かっていきながら、両ヒロインに対しては最後まで弱気、且つ消極的なところがラブコメをわかっていると言える。ゲームとなるとすぐに主人公をヒーローに仕立て上げてしまって歯の浮くような言葉を吐き出させるが(「僕が君を守ってみせる」云々)、本作はあくまで主人公を「冴えない」ことで一貫しているので安心して作品世界に浸ることができた。
 なおノベライズ版で主人公は浮気キャサリンとのハッピーエンドを棚ボタ的に手に入れるが、ゲームの場合は当然ながら両ヒロイン用にハッピーエンドは用意されており、そのエンディングはエロゲーのような単純なエンディングながら上質のクオリティで素晴らしかった。去年の「アマガミ」や本作のようなものがまだまだあるのならば、俺も大いにゲームに手を出すことにしよう。
 
3位:幼なじみガール/usi[芳文社芳文社コミックス]
幼なじみガール (芳文社コミックス)

幼なじみガール (芳文社コミックス)

 何度も言っていることだがラブコメは刺激的であればいいわけではない。「癒し」が必要なのである。とは言えラブコメとは「平凡でおとなしいどこにでもいる男が、なぜか美人でスタイルのいい女と付き合う」物語であり、それだけで十分「癒し」になるのでそれ以上のことは特に求めない。しかし本作はその「癒し」の他に「ハートフル」という言葉がぴったりの優しさも追加されている。恋愛関係に付き物の葛藤や苦悩を優しく包み込むことで読者は更に癒される。それもハートフルさを帯びたラブコメ的手法で包んでいる。
 本作のそのものズバリなタイトルである「幼なじみ」という特殊な(うらやましい)関係はまさにラブコメ的であるが、その「幼なじみヒロイン」が長い年月の間ずっと一途に主人公を想っていたということを丁寧に、しつこいくらい描いているのが本作の最大の特徴である。それによって主人公(読者)は優位性を確保し癒されるのである。
 しかし「幼なじみ」は特殊であるが故に感情移入しにくいという弱点もある。「近親相姦」ならば「誰にでも母や姉や妹がいる」→「家族愛が異性としての愛に変わる」ということですんなりと感情移入できるが(できんか)、「幼なじみ」はあくまで他人であり、まだ色恋沙汰とは無縁だった幼児期に仲が良かったに過ぎない。年頃になっても子供の頃のまま「幼なじみ」の関係を続けるというのはどう考えても非現実的である(まだ「美人の女が平凡な男に一目惚れする」の方が現実的である)が、本作は「ハートフルさ」を醸し出すことで「幼なじみ」という関係性をぼかしており、それによって「幼なじみ」の持つ純粋なイメージ(「子供の頃からずっと好きだった」)だけを抽出することができ、上質なラブコメに仕上がっているのである。また「幼なじみ」だとその関係の気安さから主人公をヒーローにしてしまうことも多々あるが(そんな作品を嫌というほど見てきた)、本作はそのあたりも注意深く避けて主人公を「平凡」の枠内に置くことを維持し、しかし「幼なじみ」の立場を活かしてヒロインの主人公に対する愛情を大きいものにして且つそれを違和感なく仕立て上げているのである。「幼なじみ」という設定を使いこなしながら、その設定に安住することなく男女間の恋愛描写を真剣に構成しようとしているところが素晴らしい。ラブコメは特に設定が大事なジャンルであるが、それに安易に寄りかからず真剣に描くことによって新たな世界が開けることを教わった。
 それにしてもキャラクターの顔がなあ…。斜線を入れずに眉毛で感情を表現しているから平べったいし、おでこがでか過ぎではないか。
 
2位:彼女で満室/真鍋譲治竹書房:BAMBOO COMICS]
彼女で満室 1 (芳文社コミックス)

彼女で満室 1 (芳文社コミックス)

 離婚調停中の主人公が、不動産屋の手違いで同居することになった若い女を手始めに上司の女や離婚調停中の妻やその他の「彼女」たちに翻弄されながらもヤりまくるというのが本作であり、とにかくあらゆる点で安定感がある。まず「平凡で何の変哲もない、どこにでもいるような男で、何となく駄目っぽい」主人公を完璧に描いて、しかしその主人公が弱くないことを読者に意識させる安定感がある。この場合の「弱くない」とは凡百の漫画によくある「女たちに馬鹿にされながらも『トホホ…』ですますだけ」をはっきりと拒否できる強さを持っているということであり、レズやホモを想像させるような展開をはっきりと拒否できていることである(ただし風邪をひいた時には座薬を入れられる。関係ないか)。また「(そんな主人公に)まとわりつくヒロインたち」の、強引でありながら大事なところは一歩引いたところのある、決して主人公を邪険に扱うことはないと読者に自然に理解させる雰囲気の安定感もある。ラブコメとは最終的に主人公(男)が優位に立つべきものであることをわかっているのである。それらを自然に総合して、いつの間にかハーレム状態に落ち着かせるという安定感もある。何から何までしっかりとしている。
 また「リン×ママ」(2009年3位)でもそうであったが、本作でも各ヒロイン達は確固たる理由も示されないまま主人公に身体を許し、身体を重ねることを続けることによっていつの間にか主人公に愛を示すのであり(「既成事実の積み上げが大事よね」)、主人公側は何もせずともヒロイン達の愛を獲得できるところに特色がある。主人公には何一つ精神的な重みを与えずに関係は構築され、そのため罪悪感を感じずにすむので「ハーレム」の気分を味わうのも容易となる。もちろんハーレム感をより強調するために各ヒロインと主人公との関係を丹念に描くことも忘れておらず、それによって「自立した大人の女性」であるヒロイン達が「平凡で冴えない主人公」のハーレムに入り、その状態を肯定していることになってハーレムの魅力が倍増している。「リン×ママ」だとやたらと人数が多かったが本作は基本的には前述の3人と主人公によって展開されるのであり、よりしっとりとハーレムラブコメとしてのストーリーになっている。熟練技とはこういうことを言うのだろう。
 それ以外にも手を抜くところは手を抜いてデフォルメ化して肩の力を抜いて読めばいいところも確保し、そのメリハリによって性交渉描写の盛り上がりがまさに見せ場としての魅力を放っている。緩急自在であり、素晴らしかった。本作を1位にするか否か最後まで迷ったが、ギリギリの判断で2位とさせてもらった。しかし1位となっても何らおかしくない素晴らしい作品であった。かなりベテランの作家だが、もっともっと頑張ってもらいたいものだ。
 それにしても、この主人公に未練タラタラな妻はいい感じだなあ。「別れたが、主人公に未練タラタラ」というタイプのヒロインは今までの我がラブコメ生活にほとんど出てこなかったが、いいですねえ。
 
1位:彼女はソレを我慢できない/イワシタシゲユキ[Bbmfマガジン:GAコミックス]
彼女はソレを我慢できない (GAコミックス)

彼女はソレを我慢できない (GAコミックス)

 何度も繰り返すが、ラブコメとは平凡でおとなしい男を主人公に据えて、誰もが息を飲む美人と絡ませなければならない。そしてヒロインの方が主人公にベタ惚れの状態にしなければならない。しかしながら主人公は「平凡」であることが絶対であり、ヒーローにしてはならない。そのためヒロインが主人公に惚れる理由は都合のいいものになるが、もちろんその「都合のいい惚れる理由」は読者にとっても納得のいくものでなければならない。
 そこで本作であるが、ぬいぐるみを全身に被って学校生活を続けているという半ひきこもりの高校生主人公の前に突如としてやってきたヒロインは「ひと嗅ぎ惚れした」「君の匂いに恋をした」と言うのであり、あまりの都合の良さに主人公は納得せず困惑するのであるが、ここに本作のポイントがある。主人公(=読者)は都合のいい惚れる理由に「納得せず、困惑する」のであり、それでも積極的に近づいてくるヒロインの強力さにやがて心を奪われていくのである。主人公の困惑や悩みなどお構い無しに次々と攻めてくるヒロインの強力さは「都合のいい展開」の非現実さを忘れさせる効果を持っていて、ヒロインの愛情に包まれることをやがて自然に受け入れることができるのである。
 またラブコメにおいては「ヒロインが主人公に対して積極的に対応しながら、決して主人公より存在感を発揮させない」ことも必要となる。と言っても主人公は平凡で、対するヒロインは誰もが息を飲む美人なのだからストーリーを積極的にかき回す役割はヒロインが担うことになって主人公より存在感が発揮することになるが、何度も言うようにそれは表面的なものでしかなく問題は精神的な関係であって、表面的に存在感を発揮しているヒロインの行動原理が主人公の関心をひくところにあり、また強烈なアプローチを繰り返すに従ってヒロインの行動のゴールにある主人公の存在が大きくなっていくことで主人公の存在感はヒロインを通してヒロインより大きくなっていくのである。もちろん多かれ少なかれラブコメはそのような構造であるが、本作の場合そのヒロインの強烈な存在感と迫力が抜きん出ていて(「私と主人公君が、会えない状況に陥ったら、その時は私、何するかわからないから」)、その迫力が「半ひきこもりの主人公」にも伝播してかなりの存在感になっているのである。
 また忘れてはいけないラブコメの条件が「ハーレム」であるが、本作はそれについてもヒロインの強引さを使ってもう一人のヒロインをうまく引き込んでいる。しかもそれが主人公と正ヒロインの関係を深めるための囮でしかなく、結果として主人公は2人の女性から好まれているという快楽を味わった上で正ヒロインによる快楽の提供を自然に受け入れるよう施されている。至れり尽くせりとはまさにこの事で、とにかくヒロインの魅力だけでここまでストーリーが引っ張られる作品は今までになかった。そして読後はなぜか爽快である。「爽快」とはほど遠いストーリーなのに爽快なのは、その強烈な都合の良い展開のまま最後までブレることなく描き上げられたからであろう。主人公(=読者)はハッピーエンドを手に入れてしまったのだ。あまりの急展開と幸福に何も考えられない、真っ白になった気持ちよさがある。これこそがラブコメによる快楽であり、今年度1位の作品なのである。
 
 残る成年部門編は12月28日か29日に更新します。何がメリークリスマスだ、こっちは今から今年買ったエロ漫画を全部読み直しだ。