政治の本質

 7月11日に行われた第22回参議院選挙の結果は実に複雑なものだった。民主党比例区で第一党を維持したのに一人区では8勝21敗とボロ負けとなり44議席しか得られなかったが、51議席を獲得して勝った勝ったと喜んだ自民党は非改選議席を合わせると84議席で、242議席中84議席では公明党と合わせても過半数に遠く及ばない。みんなの党に至っては民主党を倒し過ぎたために民主党と合わせても過半数に及ばず、こちらも主導権を握ることができなくなった。そのため選挙が終わると公明党が急速に存在感を増した。公明党自身は改選議席を割って一桁台に甘んじたが、公明党の19議席民主党の106議席を合わせれば過半数を確保できるうえに、一人区で創価学会票の強さを嫌というほど思い知らされた民主党公明党を敵に回すことだけは避けたいと考えざるを得なくなった。俺が見たところ一人区でもし公明党自民党を支援しなければ民主党はあと7〜9議席は勝てたはずで、これは民主党と交渉する際かなりの強みとなる。さすが「老舗の第三極」なだけはある。みんなの党などとはレベルが違う。
 ともかく民主党過半数を失って「再びねじれの時代へ」となったが、3年前と異なり民主党はなお第一党は維持している。そのため我々が学ぶべき過去は89年の参院選か98年の参院選後の政局である。89年の参院選自民党公明党民社党と政策ごとの部分連合を行い(その時の自民党幹事長は小沢である)、98年の参院選後は自由党をエサにして公明党を抱き込んだ。ただし二例とも選挙で負けた首相(自民党総裁)が辞任して「けじめをつけた」後によるものであり、今回のように戦った相手がそのまま居座っているようではなかなか手を結ぶことはできないであろう。そのあたり自民党は実にしたたかであったが、今の民主党にそれはない。小沢は自ら辞任することで状況を有利にしたが、「反小沢」執行部の面々にそのような芸当はできない。なぜなら「正しい理屈を言えば結果がついてくる」と思っているからである。そのため「消費税増税は不可避」と言って地方の人々の怒りを買って一人区で惨敗し、「過半数を割ったら連立しかない。相手はみんなの党しかない」と言ってみんなの党から「顔を洗って出直してこい」と言われた。いずれも政治の何たるかをわかっていないことによるものである。
 消費税はいずれ上げなければならないし過半数を割ったら連立を模索しなければならないのは「当然」であり「正論」である。しかし政治においてはその「正論」を正面切って言うことによって有利不利が決まる。国民に渦巻く不満や敵(野党)の動向を踏まえて作戦を練り、戦い始めたならば押すところと引くところを見極めて事に臨むのが政治の本質であることを俺は今回の選挙で再認識したが、今の民主党中枢部はそれがわかっていないように見受けられる。だから混乱が混乱を呼ぶのである。
 反小沢派が執行部の地位に留まるのは恐らく彼らが考える「政治の本質」がそのような「正しい理屈(政策)を言うこと」であり、「国民の生活が第一」と言いながらドブ板選挙に明け暮れる小沢派に実権を渡すことに恐怖にも似た感情を抱いているからであろう。だが何度も言うように正しい政策は官僚も学者も考えることができるが、実際に反対する勢力や国際的圧力に立ち向かうことができるのは政治家だけである。そんなことは成熟した民主主義国家では常識な考えであるが、我が国では「政治家は清廉潔白でなければならない」「政治家の仕事は政策を作ることだ」と言って憚らない。そうすることで政治の現場から政治家を遠ざけることに成功した官僚の高笑いが俺には聞こえる。
 これから先の日本政治を待ち受けているのは今まで以上に厳しい茨の道である。前自民党政権衆議院の3分の2を擁していたので参議院過半数割れしてもまだ救いがあったが、今の民主党にそれはない。民主党公明党を抱き込めば問題は解決するが、前述したように菅首相と戦った公明党菅首相率いる民主党と手を組むことは、少なくとも半年は無理である。それならば政策ごとの部分連合しかないが、現在の民主党執行部の政治技術の未熟さを見るとそれも無理を言わざるを得ない。一方自民党は更に厳しく、たとえ今すぐ解散総選挙に追い込んで政権を奪還したとしても参議院で84議席しかない。3年後の参院選過半数を確保するのは難しく参議院が安定するのは早くても6年後である。どうしてこんなややこしいことになるのかと言えば「参議院を制するものが政界を制する」からであり、憲法改正によってこの「参議院の優越」をなくす方法を真剣に考えるべきだろうが、まずは目の前にあるこの政治状況を乗り切らなければならない。そのためには早く「政治の本質」に気付かなければならない。