我々は変わらなければならない

 今、NHKの新閣僚記者会見を見ながらこの文章を書いているわけであるが、一連の報道を見ながら、今がまさに「歴史が変わった瞬間」であると筆舌に尽くせない思いである。日本の政治史上はじめて「選挙によって」政権が作られたわけであり、見慣れた野党の議員たちが与党として首相官邸へと入る場面を見て俺はその後ろにいる「国民」というものを感じることができた。いわゆる「民主主義体制の主役である国民」とはまさにこの事を言っていたのだと、政治のウオッチを続けて9年になるがやっと理解することができた。
 8月30日から今日までの政治の動きは文字通り「政」、まつりごとであった。敗者の烙印を押された自民党と官僚の権威は地に堕ち、自民党とは違う新しい権力が作り上げられる過程は非常に新鮮でその一挙手一動がニュースになった。しかしながらついに政権は走り出したのであり、ステージは「政権交代」から「政策交代」となったのである。「政治とは結果責任の世界だ」と言ったのは田中角栄であるが、今後は何をするか(何をやろうとしているか)を鳩山首相以下は至上命題としなければならない。復興独立の吉田茂から始まって安保の岸、所得倍増の池田、沖縄返還の佐藤、日中声明の田中、消費税の竹下、と歴代の権力者たちは一つの仕事を成し遂げるだけで力尽き果ててしまったのであり、それ以上の仕事(官僚主導から政治主導へ)をやろうとするならば命尽き果ててもおかしくないのである。この内閣はそういう歴史的使命を持っていることを我々は知らなければならないし、もういい加減旧来の「政治の見方」を変えるべきであろう。
 小沢が幹事長になれば「二重権力だ」と言い、事務次官の記者会見がなくなれば「取材の制限だ」と叫ぶマスコミの品の無さには毎度ながら呆れてしまった。海部内閣において小沢が自民党幹事長になった時は確かに二重権力状態であったが、それはもう20年前の話で、中選挙区制によって派閥が盤石であった時の話であって、小沢を慕う新人が100人いようが200人いようが小選挙区制下において「派閥」が機能しなくなったことは小泉政権以降を観察してきたマスコミが一番良くわかっているはずではないか。俺はむしろ派閥の締めつけが通用しない時代にあって100人を超える人間を束ねることなど小沢でもできるだろうかと心配さえしてしまう。
 また事務次官の記者会見の廃止にしても当然であって、企業で毎週社長が記者会見をするのにその下の専務や常務が記者会見をするのはどう考えても異常である。投資家は「この企業は社長によるコーポレート・ガバナンスが機能していない」と即座に判断するであろう。政権は交代され、官僚も変化を余儀なくされ、変わっていないのはもはや既得権益に守られたマスコミだけである(さっそく日本記者クラブ記者クラブ以外のジャーナリスト等を官邸に入れることに反発したようである)。
 我々はこの歴史的瞬間を迎え、政治が変わろうとしていることを認識し、我々自身も考え方を変えるべきである。もちろん「政治は政局が全てだ」という俺の考えに変わりはない。官僚や野党(自民党)をなだめすかし、恫喝や買収といった手段を状況に応じて駆使しなければいかなる政策も実現しない。しかしながら権力の基盤が変わったのである。今や権力は政党内の派閥闘争や政党の合従連衡では成立しない。ただ一つ、選挙によって決まるのである。
 つまり来年の参院選こそが権力をめぐる最後の戦いである。参議院民主党が前回並みの勝利を勝ち取れば民主党は衆参において過半数を占めて、自民党が任期満了ぎりぎりまで解散しなかったように4年間解散しないはずである。そうなれば「政権党であることが唯一のアイデンティティ」であった自民党は解体され、官僚は民主党のバックにいる世論に従わざるを得ず、その時こそ民主党マニフェストを実行することができよう。逆にもし民主党が敗北すれば安部政権のように死に体となる。そのために小沢はまたしても選挙戦の最前線に立ち、自民党は死に物狂いで戦うことになるであろう。マスコミが騒ぐだけの「まつりごと」の季節が過ぎ、欧米並みの冷酷非情な「政治」が始まろうとしている。繰り返すが、我々はそのように認識を変えなければならないのである。