逆説の日本史12 近世暁光編/井沢元彦[小学館:小学館文庫]

逆説の日本史〈12〉近世暁光編 (小学館文庫)

逆説の日本史〈12〉近世暁光編 (小学館文庫)

 さて諸君はご存知であろうが俺は不条理なまでの「メジャーもの嫌い」である。まあただの天邪鬼のおたまじゃくしなだけなのだが、とにかくおえらいセンセイや無知蒙昧なる大衆が拍手喝采しているものなどロクなものではないわいというのが俺の確固たる信念そして怨念である。というわけでかつて三宮のジュンク堂書店にて5時間も買うでもなく読むでもなくウロチョロしていた功績を持つほど本と本屋とエロ漫画を愛する俺は当然本作の存在を知っていたわけだが、数奇な運命を辿って6月12日ジュンク堂書店新宿店にて120兆円で購入したのである。
 で、さっそく読んでみたのであるがもう驚いた。文章は平明にして簡潔、とにかくわかりやすさを心掛けた構成、そして俗論を常に念頭に置いて展開される作者の「逆説」と、なるほどベストセラーになるのも頷けるしこれをベストセラーにする日本国民というのも捨てたものではない。本書では徳川家康がいかにして世界史上でも稀な安定的支配体制「江戸幕府」を築くことに成功したかが書かれてあるのだが、もう面白いの何の。目から鱗が落ちたよ。
 まず基本認識として、鎌倉幕府室町幕府、信長・秀吉政権と中世以降の政権は常に武力をもって前政権を倒してきたことを念頭に置かねばならない。ということは関ヶ原の合戦で日本の大名の中でトップに立った徳川江戸幕府も例外ではないわけである。ところが実際は260年の長きに渡り徳川江戸体制は続いたわけであり、これは世界史上でも極めて稀である。そしてそれは、徳川家康が各大名・朝廷・宗教といった各勢力に対して行った「分断工作」が天才的なまでに成功したからだと本書は唱えている。ここらへんが滅茶苦茶面白い。
 まず各大名勢力に対してであるが、大名にしてみれば、「もともとあいつは俺と同格の大名だったではないか。調子に乗って将軍になんかなりやがって、運のいい奴だ。俺にもチャンスがあるぞ」と思うわけである。このような大名を統制するため、家康は「力のありそうな」大名には領地を多く認める一方で、中央政府の機構(老中や若年寄)には参加させないという、「財力と権力の分散」を図るのである。また全国の金山・銀山を幕府直轄領とし、中央政府として貨幣発行権を握る(つまり日本銀行が独立の機関ではなく政府の一機関として存在する状態)ことで幕府の財政を強化し、大名統制に成功するのである。権力を確立するためには表に大義名分、裏に財政基盤がなければならないのだ。
 次に課題となるのが朝廷対策である。鎌倉幕府が滅びたのは後醍醐天皇武家勢力(倒幕勢力)が結びついたからであり、「読書家で歴史を知っている」家康は朝廷と倒幕勢力の結びつきをを阻止するために様々な策を講じる。まずは天皇家(公家)と武家勢力の婚姻の禁止であり、具体的には武家諸法度における「大名は幕府の許可なく婚姻することを禁じる」がそれにあたる。一方で将軍の正妻には宮家か五摂家からとることを慣例化させて朝廷との融和を図り、然れども将軍の生みの母は必ず武家勢力などの「非朝廷」とすることで「将軍の母親は朝廷の人間なのだから朝廷の言うことを聞け」とならないようにするのである。そして禁中並公家諸法度において、「実際の政治には口を出すな」と、今の象徴天皇のようになれと言うわけである。
 そして宗教勢力への分断工作(作者が「謀略の最高傑作」と呼ぶもの)が、一向一揆本願寺対策である。加賀一国の領主を討ち破って「本願寺共和国」を作った一向一揆勢力というのはつまるところ宗教勢力兼武装集団であって、いつの時代でもそうだが宗教集団が武器を持つことは大変なことである。上杉謙信や信長でさえも大苦戦を強いられた。そこで行われるのが分断工作であって、豊臣秀吉の調停によって本願寺の跡継ぎとして認定された准如に反発する勢力に目をつけた家康は、その准如によって跡継ぎの座を奪われた教如のためにもう一つの本願寺を(旧本願寺の目と鼻の先に)建立してやるのである。つまりドイツを東と西に分断させたように本願寺勢力を分断させたのである。当面の宗教勢力にはこのようにして危機を乗り切ったわけであるが、「宗教ほど危険で厄介なものはない。徹底的に国家に服従させろ」と考えた家康は次に「檀家制度」を作るのである。
 檀家制度とは、簡単に言うと「国民は全てどこかの寺の檀家に入らなければならないし、一度決めたが最後代々その宗派に属さなければならず、改宗は認めない」というものである。これによって「寺」は信者を獲得する競争レースから解放され、どんなに無愛想でも無気力でもお客が寄ってくるというどこかの特殊法人の如き形態に成り下がってしまうのである。中世には対立する宗派と戦争までしていた宗教勢力が、である。そして日本人は、世界史上頻繁に発生する宗教戦争から逃れることとなった。
 と、まあキリがないのでこのへんでやめますが、とにかく面白い。本作の1巻から11巻まで買い揃えてみよう。もちろん今度はBOOKOFFで買います。