大臣/菅直人[岩波書店:岩波新書]

 さて今回は菅直人の本の話でお題は「大臣」である。とはいうものの比較的良識のある(と俺が思い込んでいる)この読書遍歴シリーズを使ってまで血塗られた生臭い政局の話をするのは嫌なので政局の殺人現場から一歩引いたところで本書について書くことにします。ちなみに本書を買ったのは惨劇の舞台から2年が経ったあの古本市場西神戸店であります。105円@2007年9月24日。
 いわゆる政治関係の本については「その本はいつ発行されたものか」を意識して読まなければならないのであって、なぜなら政治というのは一日一日変化するものであるがその本の内容はそれが発行された時から前の政治状況のみを反映しているのであり今俺が読んでいる時の政治状況と本書で語られる政治状況及びそれに基づいた政策提言等にはタイムラグが発生するゆえどこか違和感ができてしまうからである。今や常識となった副大臣制や政府委員の廃止等が本書(1998年発行)では繰り返し語られ少々退屈な感じがしないでもないが、これはこれで当時の政治状況がよくわかり大変有益であった。
 本書中で一番面白いのは何と言っても大臣任命当日の本人による記録であって、マスコミはずっと前から「大臣に内定」と言うが本人にははっきりとした話は一度も入らず、当日「官邸に来い」と言われ行ったら首相に「お前厚生大臣や」と言われて本当に厚生大臣になったというのである。なるほどそれが政治の現場というものなのだろう。更にその直後早速官僚がからめ手でもって大臣に擦り寄るわけである。「大臣。このたびは、おめでとうございます」「つきましては、事務の秘書官についてですが、私どもはこのような者はいかがかと考えております」「これから就任の記者会見ですが、一応、参考までに挨拶文を用意しておきました(そこには既に「厚生大臣を拝命いたしました管直人です」と書いてあった)」。「お前厚生大臣や」と言われて五分もせぬうちにこのように官僚が言い寄ってきて早速自分たちが取り仕切ろうとするわけである。
 本書は現職の、しかも野党のキーパーソンとも言える政治家の本であるから当然内容は自己アピールが含まれるが、数多のそうした政治家本を読んできた俺に言わせれば極めて注意深く客観的に書かれている稀有な本と言ってよいだろう。そういうところが普通の政治家と違う市民運動出身政治家たる所以なのかもしれぬ。惜しむらくは結局本書も官僚批判に終始しており、提言めいたものも多少は見受けられるがそれも「大臣の権限をもっと強く」「副大臣制を作れ(これは後にできたが)」「官僚にでかい顔をさせるな」という使い古された文句でしかないということである。官僚をうまく使いこなすことができれば別にでかい顔をされてもいいのであって、昔も今も求められているのはいかにしてトップたる大臣が自分の思う通りに官僚を動かすことができるかに尽きるのである。今の政治家は口を開ければ「官僚に頼らなくても自分たちだけで政策や法案を作れますよ」と騒ぐが、それで霞ヶ関のスーパーエリート頭脳を使わないのは明らかに損である。いくら大臣や副大臣の権限を強化しても今の大臣の大半は官僚の操り人形でありそれではなお一層官僚の思うつぼなのである。大事なことは「これからこれこれこういう方法でこういう方向にやりなさい細かい事は問わないが最終的にはこうしなさい」と原理原則を官僚に叩き込むことではないかな。