元禄御畳奉行の日記/神坂次郎[中央公論者:中公新書]

 まだ続きます。7月7日に神保町古書モールで210円で買った本書は江戸時代花の元禄期に生きた下級武士の日記を紹介したものである。かつて明治以降にしか興味がないとして江戸以前の歴史書を全く読まなかった俺だがそれはこの大日本格差帝国では歴史イコール江戸時代もしくは戦国時代という考えが大多数でありそのような大多数のなかに入りたくなかった哀れな自意識過剰青年の抵抗でしかなかったのである。おお哀しみ給え泣き給え俺の余命は不明。
 で、本書であるが日記であるから当時の生活の息遣いが感じられて大変面白い。特に元禄泰平の世に浮かれて愛欲にうつつを抜かす当時の人々の姿が新鮮であり俺など「江戸時代=武士の恐怖支配の時代」という偏見で凝り固まっていたから時に驚愕してしまった。街中で前妻と現妻が大喧嘩をして「汝の女陰を引き裂かんと大言」したり、畳屋女房と馬方女房がこれまた大喧嘩をしてついには脇差を引っ張りだして殺し合い、憎い馬方女房を殺した畳屋女房は思い残すことはないと切腹するが駆けつけた男たちに止められると血まみれの傷口に両手の指を突っ込み疵口を引き裂いて死んでしまうくだりなど、現代では凄惨そのものだが当時はこれが三面記事的事件だったのでありどこかユーモラスな感じまでしてしまう。当時の人々と現代の我々の大きな違いの一つは「死」への感じ方であり、当時は市中引き回しの上打ち首獄門や切腹などが日常的に行われていたわけで人の死や自分の死に対してひときわ冷静である。日記にも平気で「喉を切り自害」「腹を切り自害」「腹から腸が一面に噴出し」等が書かれていて、そういう所にテレビの時代劇ではわからない歴史の醍醐味というものがあるのではないかな。