貧窮問答2 汗顔交渉編

「全く嘆かわしい。本当に嘆かわしいことです」
「は。あの」
「一体これはどういう事ですか」
「あ。あんたは先週の」
「そんなことはどうでもよいのです。タモリさん」
「tarimoです」
「そんなことはどうでも、よくはないですね。…ええっと、とにかくですね、今日という今日はもう勘弁してあげませんからね」
「だからあんたは誰なんです」
「そんなことはどうでもよいのです。本当にどうでもよいのです。何ですかこの日記は」
「え。いや、まあ好き勝手に書いておりますが」
「問題はこの、2月7日の日記です。全くえらい事を書きましたねあなたは」
「はあ」
「ここにこう書かれてありますよ。『ヒロインの純粋さや一途さや慎ましやかさが完全に男の理想を、というよりは俺の理想に合致しているのでこれも大変よろしい』と。何ですかこれは。どうしてこんな現実にありえない女性を賛美するのですか」
「いやあその、まあ現実にありえないから素晴らしいということでして」
「しかしあなたは先週、『女性の方が積極的に行動するように』なるようなラブコメがいいと言ったではありませんか。ところがヒロインが『純粋で慎ましい』のであれば、これは消極的ということになりますよ。明らかに矛盾します」
「ええと、それはまあその『慎ましい』の適用の状況によりまして、つまり性癖的にもしくは性格的に積極的でなくてもですね、要するに主人公たる男の恋愛展開においてのみ積極的であればね、それはまあいいということに、あの、なりますので」
「何を屁理屈をこねているのですか。あなたはただ、自分に都合の良い女が欲しいだけなのでしょう。『俺に都合の良い女こそが俺にとっては快楽なのだ』と、はっきり書いているではありませんか」
「ええと、それが何か」
「何かではありません。あなたは女性を男性の愛玩具としか認識していないのです。そうなのでしょう」
「いえいえそんなことは。むしろ今は女が男をオモチャ扱いして楽しんでいる漫画といいますか、世間でラブコメと言われている漫画の大半は、その、あの、男がいじめられているにもかかわらずあの、我慢しているというかそのままな漫画が多いのです」
「しかしそれは結局、今のオタクたちがそういったいじめられる展開のある漫画を望んでいるからでしょう。あなたの口出しすることではありません」
「確かにそうかもしれませんが、しかしあの、それでは俺のその、腹の虫が収まりませんので、まあこういう日記を公開しているわけでして。あはははは」
「笑ってごまかしても駄目ですよ。タモリさん」
「あんた、ワザとやってるだろ」
「え。あ、いえいえそんな。おほほほほほほ」
「…。帰ってもいいですか」
「いや待ってください。まだ言いたい事は山ほどあります」
「ええと、早く言ってください。もう」
「この、『男と女のベッドシーンで終わるから良い』というのは何ですか。どうしていつもベッドシーンで終わればいいんですか。あなたは女性を娼婦扱いしているのでは」
「は。しょ、娼婦なんてそんな。いや、これはまあ非常にデリケートな問題でして、とても公共の場所で言えるようなものでは」
「いいえ、言わなければなりません。そうでなければあなたは狙われます」
「え。狙われる。誰がですか」
「ああいえ何でもありません何でも。しかしですね、女性もいつもベッドシーンを求められてはたまったものではありませんよ」
「それはまあそうだと思うのですが、その、ええとまあ俺は基本的に全て和姦、というより和姦しか求めておりませんので、ですからその、まあ嫌というのならですね、それはまあ我慢しますので、その、えと、とにかくこれは合意の上のその、夜の営みですから、そういうのが毎回見れるのはこの、いいことだなあと思うんですね」
「汗びっしょりですよ」
「誰のせいだ」
「まあこれまでの反論はよしとしましょう。しかしですね、これはもう私は、絶対に断固許せないのです。これはまさしく女性に対する侮辱ですよ」
「はあ。そんな大それたことを言う勇気もないと思うのですが」
「黙りなさい。『大事な点はヒロインが男に極めて忠実であるということだ』という言葉はもう許すことができません。どうして、どうして女が男に忠実であることを求めるのですかあなたは」
「いえその、別にそれはあの、奴隷になれということではなくてですね、要するに主人公たる男をですね、いじめたり、いじめないまでも口汚く罵ったりしないでいてくれればいいと。要するに主人公たる男にしてもその他の男キャラに対しても、極めて普通に、一人の人間として失礼のないような対応をしてくださいということでして、あの、話すと長くなるんですが」
「まあいいでしょう。聞きましょう」
「つまり今日現在において市場にあふれる漫画にしろアニメにしろ、それに『ラブコメ』の表示があるなしにかかわらず極めて不愉快なことは、そこにある種の特権的意識が働いているということでして、それはたとえば2月7日でも触れましたあの恐ろしきマゾ漫画における主人公の待遇のひどさに如実に表れます。確かに主人公は世間的に見てやや落ちこぼれであるかもしれませんが、主人公は特に悪さをしているわけではありません。にもかかわらず主人公は同作品の他の女キャラによっていわれのない蔑視と暴力を受けます。つまりキャラクターを『特権的ないじめキャラ』と『それに耐える受け身のキャラ』の図式下に置いて物語を進めていくのです」
「いやちょっと待ってください。あなたは『蔑視と暴力』などと言いますが、それはコメディ的に表現された、しかも作り物の漫画の世界の話なのでしょう」
「いえ、残念ながらその論理は通用しません。なぜならその漫画の人間はこの現実世界の私たちと同じように二本足で立ち、三食を取り、恐らく私たちと同じ生活様式と社会システムで暮らし、日本の文化を受けた日本人なんです。それは特に語られてはいませんが前提としてそのはずです。そうでしょう」
「それはまあ、あの漫画の中の人たちは日本文化下の日本人でしょうねえ。それはどの漫画でもそうでしょう」
「であれば、当然我々現実世界の論理を適用すべきであると俺は考えます。その作品の世界設定、人物の生理的要求、さらには生活文化全てが我々とほとんど同じいや全く一致しているのであれば、当然我々の感覚もまたフィクションに適用できるはずです。あなたを含めた多くの人はそれらを『作り話だから』『漫画だから』といって特に不満の声を挙げることはありませんが、しかし現実をモデルにし現実をベースにした作品である以上は作品においても常に現実の論理の延長線上にあるべきなのです。そのようにすれば俺が感じる違和感、すなわち『理不尽な暴力』と『特権的な差別意識』等の憤怒すべき描写も理解できるはずです」
「いえ、私には理解できません。大体、それと『女が男に忠実』にどういう関係があるのですか」
「ですから、忠実という言葉が問題でして、要するに主人公に対して無用の反論や生意気な、この言葉自体微妙ですが、とにかく主人公たる男に対して常に失礼のない対応をすればそれでいいということでして」
「失礼のない対応、というのは、具体的にどういうのですか」
「まあ、あなたの俺に対する対応は失礼なんじゃないですかね。第一名前も言わんというのは」
「そうですか。わかりました。交渉は決裂です」
「は。交渉が決裂。ええと、何がです」
「言葉通りの意味です。あなたを野放しにしておくのはあまりに危険です。既にあなたに対する掃討作戦は開始されています。逃げても無駄ですよ」
「え。あの、展開が急すぎる気が」
「あなたがどのように考えようが、もう反ラブコメ派があなたを捕まえようとやってきます。あなたと同盟関係にある秋葉原軍も今回は協力してはくれないでしょう。秋葉原軍の三分の一は反ラブコメ派であり、潜在的なあなたの敵なのです」
「はあ。あの、病院ならこの角を曲がったところにありますので、あの、行った方が」
「これが掃討作戦指令書です」
「弱ったなあ。俺だってキチガイの演技をしたことはあるが、まさか本物のキチガイと話すことになるとは」
「聞いてるんですか。指令書は既に発令されたのですよ。ほら。見なさい」
「はあ。…。ああ、なるほど。これは無理ですな」
「負け惜しみですか」
「いえ、だってこれ、『ラブコメ退治第一作戦:タモリ掃討作戦』になってますよ」
「…」
「それでは俺はこれから梅田に遊びに行きますので」
「…」
       
「笑っていいともウキウキ……あ。何。何だ。おい。ディレクター。変な奴が。おい。マネージャー。おい。うわあっ。ほ、ほんものだあっ。実弾だあっ。にげろっ。生放送だぞっ。うわあっ」