「戸隠ってどこか知っとるかね」
「知らない」
「長野県にあってね、まあ山が多いところらしいけどね。聞いた事はあるだろ、『岩戸伝説』とか。日本神話で」
「ああ、はい。名前だけは」
「ストリッパーがね」
「うん?」
「その日本神話でね、出てくるんだよ」
「ストリッパーが?」
「はい」
「その『岩戸伝説』ってやつに?」
「うん」
「殴るわよ」
「もう殴ってるじゃないか。天照大御神(アマテラスオオミカミ)がお隠れになったんだよ。だから出てきてもらわないといかんと。そこで天宇受売女命(アマノウズメノミコト)が巧みな踊りを披露して、観客が騒いで、アマテラスオオミカミは何や何やと出てきたわけです」
「その巧みな踊りが…ストリップ?」
「巧みな踊りって言ったらそうだろう」
「いや、そうとは…」
「天細女命(アマノウズメノミコト)も同じよ。『妖艶な舞』を踊ったと。昔、浅草のストリップ劇場に行った事があって痛い痛い」
「さっさと進めなさい」
「まあそういう伝説の舞台である戸隠が舞台です。そして半村良。壮大な伝奇ロマン。謎の美女。もう読む前からワクワクでした」
「ふーん」
「武器は土偶と埴輪です」
「は?」
「土偶と埴輪ね。そりゃ神話の世界なんだからそうなるだろう。刀や鉄砲っちゅうわけにはいかんがな」
「土偶とか埴輪を…どうするの。投げるわけ?」
「いや、そこに魂を与える。そして『雷電』を放つ力を与える。で、山の中で戦うわけだから、火事になると。敵を追い詰める事ができると」
「うーん…」
「いや、それだけ聞いたら滑稽な感じがするやろうけどね、神話の世界やからね。神様同士の対決やから、そんなに不自然やないし、この作者はSFの大家だから、やっぱり引き込まれるよ」
「ああ、じゃあ戦闘シーンがこの小説の読みどころ…」
「いや、正直な話、土偶と埴輪だと切迫感がなくてね」
「梯子外さないでよ」
「後半の神々の争いの場面はどうでもいいんだよ。それよりも前半よ。普通の平凡な29歳の主人公がなぜか美女と出会う。そして意気投合する。と同時に主人公の職場でただならぬ事が起きる。この主人公はある作家の助手をしているんですが、その作家が『戸隠伝説』という本を書いた事で戸隠の神々が動き出すのです」
「…」
「更に主人公の恋人となったその美女も戸隠と関係があったのだ。こうして主人公は戸隠の伝説、戸隠にまつわる神々の思惑に巻き込まれていくわけですが、その『徐々に巻き込まれていく』感じが非常に手に汗握るというか、ワクワクしましたね。特にこの恋人というのが歳は22か3で、『しなやかそうな身体つきの、清潔な感じ』で、まさにストリッパーに最適で痛い痛い痛いって」
「で、最後はどうなるの。神の戦いとやらに勝つわけ?」
「勝ちます。主人公側神々チームの住処を奪った敵側神々チームを周到な土偶作戦で倒すんですが、敵の神々チームの背後には黒幕がいますから、敵を倒した後はいよいよ敵の黒幕と対決しなければならないと」
「まさか」
「そう、戦いはこれからが本番なのですが、それは本当にこれからという事で、『しばらくは平和な日々が続くだろう』という事でめでたしめでたし、しばらくは夫婦で仲良く暮らしていけるだろうという、非常に読後感の良いものでした。例えるなら、満腹というわけではないですが、うまいお菓子を食べたなあ、良かったなあというところでした。しかし本書の良さはこれだけではなくてですね」
「はい」
「千葉県の、とある図書館のリサイクル本コーナーから取ってきたという事でした。本っていいね、図書館で無料で読めるだけじゃなくてもらえるからね、電子書籍じゃこうはいかんよねという事でさようなら」