- 作者: 筒井康隆
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2013/11/08
- メディア: 文庫
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とここまで書いて俺の不細工な文章にもう我慢できなくなったのか作中人物達が突如としてやって来て話し始める。「現代文学を書いている若い連中は古典と言わず大衆小説と言わず、そもそも本当に面白い小説を山ほど読んではこなかった連中だ。つまり現代は、私みたいに学校の勉強をほとんどせずに小説ばかり読んできて落第すれすれの成績でありながら何とか大学を出られたなどという時代ではないのだ。たまにはテレビを見たりしながら落ちこぼれないために勉強をし続け、塾への行き帰りに漫画を読むのがせいぜいだった連中が大学で文学理論だけ学んで小説を書こうとしても無理な話だし、大体この連中が学業をおろそかにしてまで夢中になれるほど面白い小説は既に僅かになっていた」「編集者である我々がずいぶん遠慮しながらここをこうしてはどうだろう、ここの部分を書きなおせばずいぶんよくなる筈だからと注文しても彼らは腹を立て、書き直す事もなく、腹立ちまぎれもあるのか直ちにそれを他者のノベルスに持ち込んで出版させてしまったもんだ。彼らにしてみれば一ヶ月に一冊とか二冊とかを書き飛ばしていかぬ限り生活していけないからのんびり書き直している余裕などないしそんな根気もなく、大体努力する気もない。どんな書き飛ばしをやるかというとそれはもうひどいもので時にはほとんどのページの下半分が真っ白という事もあった。枚数を稼ぐために会話ばかりでつないでいくんだね。状況説明も環境描写も全部会話でやってしまう。そんな具合にして早く書かないと生活費が稼げない。何しろ人気作家のものを除いては数千部しか売れないので印税収入は一冊につき数十万にしかならないからね。ろくな作品ではないからあまり売れないし、読んだ読者はあまりの面白くなさ無内容ぶりに驚き呆れて二度と買おうとはせず、ますます部数は低下し、そのため作家達はますます書き飛ばしの量産を強いられる事になるという悪循環に陥っていった。また昔はある社がホラー大賞というものを作って沢山のホラー作家を登場させた。何しろ『ホラーおたく』と言われている連中は映画や漫画でホラーを山ほど見てきた連中であって小説修行こそしていないものの凄いアイデアの一つや二つは必ず持っていたから最初は簡単に受賞できてもあとが続かない。あの連中は一体どこへ行ってしまったんだろう。百人以上はいた筈だがね。不思議でならない」「本当は少女漫画にしたいんだけど、絵が描けないから仕方なく小説にした、というのが最近は多いよ。若い女の子が書いている作品だけどね。恋愛感情や海外体験や家庭問題や、みんな生活感が出ているし日常の細々した描写や感受性は大したもんだと思う。だけど読書等の勉強はしていないし世の中の事を知らないし、新聞もあまり読んでいないんじゃないかなあ。拡がりがない。男女いずれもせいぜい同世代の小説を読んで、それも特に新人賞を受賞した作品を読んでそれらをお手本にして、純文学偏差値的にお勉強したみたいな作品ばかりだ」。作中人物達がそれぞれ淀みなく話し続けている舞台にまた突如としてやってきたのは何と直廾賞落選のため作家四人を殺した別の作品の作中人物である。しかしその作家四人を殺した別の作品の作中人物は淀みなく話し続けている彼らではなく俺に話しかけてきた。「殺される奴がいないじゃないか」。