特別編2013

 しかし時は轟々と流れた。俺の前に立ち塞がっていた人達はいつの間にか姿を消して俺もついに30歳となった。それは基本的にはいい事であって、20代の頃は絶えず「若いくせに暗いな」「若いくせに華がないな」「若いくせに自分の世界に閉じこもっているな」という周りの視線を恐れていたが、今や名実共に「30のおっさん」として自由奔放に振る舞えることになった。とすれば何の負い目もなく自由にブックオフや永田町神保町秋葉原に突撃すればいいわけだが、どうしたわけか昔より家に閉じこもる事が多くなった。もちろん会社には毎日行き家の近くの図書館やファミレスには土日に足を運んでいるが、明らかに昔のように「どこでも行ったる、意味なんぞ考えずにとりあえず行ったる」としてブックオフや永田町神保町秋葉原に行く情熱というかパワーというか、「外に出て暴れまわってやる」という気持ちは薄れてきたようだ。なるほど考えてみればあの頃の俺は若かった。22歳になるまで兵庫県糞田舎でひっそりと暮らしていた典型的な田舎者が東京に出てきて何の遠慮もする必要はないとなれば獰猛な獣のようにゴミを漁る名前も与えられていない生物のように大都会を這いずり回るのは当然の事であったのだ。しかし俺はもう30歳になった。さてこれから先の俺の私生活はどうなるか、変人・変態・異常性癖者の俺は一生独身であることが確実であるからそれを活かせばよろしい。東京での8年に及ぶサラリーマン生活で学んだ事は「ピンチはチャンスになる、短所は長所になる」である。なあに男一人なら何とでもなると豪快に笑いながら結婚して丸三年になるという同僚や3カ月後に結婚式を控えている後輩と飲んで「幸せかボケカス、毎日奥さんとバンバンやれてさぞかし腰が痛いでしょう」と放言して更に三次元の女がどれだけ厚化粧で醜いか二次元の女がどんなに素晴らしいかを力説して帰って枕を濡らしながら寝て、7時頃に起きてパンを食べて寝て、9時頃に起きて自慰をしてまた寝て、10時半頃に起きてそうや昨日東京MXでやっていた「めぞん一刻」を見ようとテレビをつけていやその前に洗濯物を干しとかな昨日寝る前に洗濯機を回したんやったと服・タオルその他を干してああクリーニング屋にも行かんとな先週スーツを出しに行くはずやったのに急に出張が入って行けへんかったからなと家を出てこらいい天気や、絶好の布団干し日和やないか布団を干すか、いや待てさっき洗濯物干してもうたからいったん洗濯物は家の中に入れなあかんのか面倒臭いのう、しかしまだ何か忘れとる気がするなあとクリーニング屋から戻って愛用のメモ帳を見ると「永神秋門or裏東京毒探偵?」と書いてあった。あー、そうやったな、そうやそうや、とりあえずこの日に行く事にしてどこに行くかは後で考えようと自分で決めたんやったな、昔はどこのブックオフに行くかとか3カ月前ぐらいから決めたりしたけどな、23区のブックオフをほぼ制覇して俺も落ち着いたからねえ。で、どこに行きますか、永神秋門はやめとくか、1ヶ月前にお母はんが上京してきた時に「神保町ってどんなんかいっぺん見てみたいわ」と言うので連れて行ってついでに古本買ったからなあ、まあ秋葉原は行きたいかな、今年は3月に行っただけやしな、うーん…と考えてまた眠くなってきたので横になって突然閃いた。ほらあそこができたって何かのニュースでやっとったやん、それで行きたい思っとったんや、何となく三宮の今は亡き「超書店MANYO」みたいなもんかなあそれなら行きたいなあって思っとったやないか、ああそうやなあと眠気がすっ飛んで洗濯物をいったん室内に入れて布団を干してトイレ掃除をして「めぞん一刻」を見て、布団を取り込んで家を出てとりあえず有楽町付近まで歩くことにする。実は最近散歩というかウォーキングが趣味でして、これもまたおっさん的な趣味ですがそれでいいのですというわけで銀座で華やかに闊歩する人達に律義に唾を吐き続けて有楽町に着いて、実は来週この有楽町の「銀座インズ」のある居酒屋で会社の歓送迎会があってその幹事を俺がしないといけないので一応その居酒屋の場所を確認してから(あー、実に面倒臭い)JR有楽町駅前のカレーショップへ入って昼食とする。


 唐揚げカレーを食べていると横に俺と同じ年くらいのブサイクな女と50代後半くらいの天然パーマの中年女が話していて、ブサイク「それで、もう昼には出歩けなくなっちゃって、夜に何とか外に出る、みたいな…」天然パーマ「そうなの」ブサイク「それで、お母さんが、そっち方面に詳しい人、知ってるって言って、車で迎えに来て、お寺に行ったんです」天然パーマ「お寺?」ブサイク「はい、お寺です。そこで、あの、お祓いしますって、お坊さんみたいな人が」。何の話をしとるんだ、土曜の昼にカレー食いながら話すような話かと急いでカレーを口に入れて店を出て、地下の国際フォーラム経由でJR東京駅まで歩いて京葉線の改札口から東京駅に入って、山手線までの長い長い道を歩いていると周りにはキャリーバックやボストンバックを持って旅行に行く人達や旅行から帰ってきた人達でさっきの銀座と同じくらい華やかで楽しそうだった。ああこいつら皆幸せそうやなあ、世の中暗いニュースばっかりっちゅうのは嘘やったんかなあ、カップルも家族連れも老人夫妻も楽しんどるなあ、まあ俺も休日を楽しむつもりでここにおるわけやが、こいつらの楽しさとは根本的に違う気がするなあ、どうも納得できんのよなあと懊悩に苦悩しながら山手線に乗って、日暮里駅まで。

 お、日暮里駅まで来ると人もまばらで都会の喧騒から離れた気がして落ち着きますな。まあこれからもっと離れるわけですが、暑いというより湿気がどんよりと漂っているので自動販売機でオロナミンCを飲んで常磐線の特別快速土浦駅行に乗る。つまり茨城へ行くわけですが、茨城に行くのは生まれて初めてであります。関東における茨城がどういう存在なのか兵庫県糞田舎の人間である俺にはよくわからんのですが、関西における和歌山みたいなもんですかな?まあそれはともかく本を読みながら時々窓の外の風景を見ると華やかではないがさびれた感じでもないという地方都市独特の微笑ましさに癒されて、ああ楽しいなあ、東京駅におった奴らにはこの楽しさはわからんのやろなあと思いながら我孫子あたりで眠くなったので寝て(寝てばっかりやがな)、気が付けば土浦駅に着いたので降りて、はあこれは見事な地方都市ですな、何もないなあ、駅から徒歩1分って書いてあったけどなあ、りそな銀行を右折とか書いとったけどないなあ、東横インがあるだけやしタクシー乗り場に金髪のいかにも頭の悪そうな女が二人だらしない格好で座っとるしなあ…としばらく毒づいてここが東口であることに気付いたので改札まで引き返して反対側の西口を出て、すぐにりそな銀行が見えたので陸橋の階段を降りようとすると地元のお祭りの準備をしているのが見えた。

 この手作りの貧乏臭い感じがいいねえ、それでこそ地方都市というものだよ親しみが持てるのだよと思いながらりそな銀行を通って30秒ほど歩くと更に貧乏くさい、まさに地方都市という感じのパチンコ屋が見える。


 ここが「つちうら古書倶楽部」ですか。「関東最大規模の古本屋」とか書いてあったが、インターネットのニュースで見た感じだと俺の青春の思い出の地・三宮の「超書店MANYO」っぽい感じがしたが…どうなんやろうと店内に入ってまず目に入ったのは客の少なさで、なるほど本棚はかなり広く配置されているがこれほど広いのに俺の目に飛び込んできた客は男一人だけで、見回すと他に着物を着た女が一人いるだけだった。店内に流れるジャズ調の音楽がその寂しさを更に身に沁みさせようとしているかのようだったが、周りに人はいないしベンチがあったのでそこに座ってとりあえず写真を撮る。

 まあ…こう言ってはなんだが土浦やもんな、俺のようにわざわざ東京から来るような奴がどれほどいるか、また東京からのリピーターをどうやって確保するかだが…俺がそんな事を考えてもしょうがないとして物色する。もちろん探すのは「ブックオフ古本市場等では買えない本」であって、具体的には「昭和40〜60年代の週刊誌や雑誌」「SFアドベンチャー」等であり、一つ二つ三つと本棚を見渡していくと早速昭和40年代の「週刊ポスト」「週刊文春」があったのでホッとする。まさか土浦まで来て何も買いませんでしたでは話にならんからな。ただしそれ以外は「ブックオフでは売っていない」が「神保町では売っている」ような古本が大半で、また広さも「関東最大規模の広さ」ではあるが「超書店MANYO」ほどの広さではなかった。それに「超書店MANYO」ではコミック本もかなり多かったが、「つちうら古書倶楽部」ではコミックはおまけ程度でしかなかった。まあ俺が勝手に「超書店MANYO」と比較しているだけか、文庫本や文学・ミステリー・SF等の娯楽系よりもオーソドックスな「古本」を中心にした感じで、結局下の写真にあるように「週刊ポスト(昭和46年)」「歴史読本(昭和63年)」「歴史への招待22(昭和57年)」を買う。計1,100円。

 ま、古書会館でやっとる即売会を広い会場でやってみましたという感じで、ここに来るまでの電車賃を無駄にしたとかではなかったですが、土曜だというのにあんなに人が少なくて大丈夫なんだろうかというのが正直な感想です。とは言え1時間以上も真剣に本棚を見て回ったのでやや疲れてきて、まだこの先もあるので駅ビルのロッテリアで「シェーキのバニラとメロンソーダ」を頼んでしばし休憩する。冷たいアイスクリームが身体の中に入ってきてしゃきっとして俺もまだまだ若いと思うが、調子に乗ったら馬鹿にされるのでやめておこう。

 土浦駅から上野駅行きの電車に乗って東京へとんぼ帰りする。2年ぶりの「裏東京毒探偵突撃古本屋」特別編なのだから茨城のブックオフ等を周るぐらいすればいいのだろうが、まあそういうわけにはいかんのです、若い時みたいに後先考えずやるわけにはいかんのです。いや若くなくなったからこそ後先考えずにやってもいいという事も…と思いながら本を読み窓の外の風景に目を転じ眠りに落ち(よう寝るなあ)、土浦駅から1時間と少しで終点上野駅について、山手線に乗り換えて秋葉原駅へと移動する。どうです、土浦から秋葉原ですよ。そしてエロ漫画を買いに行くのですよ、俺もまだまだ若…やめとこう。しかしここも昼の東京駅と同じく人が多いのにあまり腹が立たないのは俺と同じか俺よりも悲惨な人達がいっぱいいるからでしょうね。俺はいつも「俺はただのオタクではない、世界のラブコメ王だ」などと言って偉そうにしてますが、所詮はオタクの亜流でしかないわけですからなあというわけでとらのあな秋葉原店A。

 地下1階のエロ漫画フロアに入って(前は3階か4階がエロ漫画フロアだったような…。いつの間に戻ったんだ)「俺はオタクの亜流ではない、世界のラブコメ王だ」とでかい声で叫びながら見本誌をパラパラとめくって我が「日本ラブコメ大賞」にふさわしいエロ漫画を選定する。去年中止となった「日本ラブコメ大賞」は今年の年末には「日本ラブコメ大賞2012&2013」としてやる…予定ではあります、やる気はありますが、もう若くない俺にはどうなるかわかりませんというわけでこれを買おう。1,050円、19時12分。

つくろう!オナホ姉 (MUJIN COMICS)

つくろう!オナホ姉 (MUJIN COMICS)

 1,050円ねえ、相変わらず高いよなあ…。こんなもん840円やろが、若い君達が怒らないからこんなに高くなるんだよと説教してメロンブックス秋葉原店へ移動。

 もし若い奴が「どうしてとらのあなメロンブックスしか行かないんですか」と言ったら「いや、そんな事ないよ、ブックオフにも行くよ、最もとらのあなメロンブックスブックオフにしか行かないけどね」と言ってやろう、そしてそいつが目が点になるのを見て楽しむのだガハハハと声を上げて笑い周りの若い人達は気付かないフリをしたので俺も気付かれていないフリをしてこちらを買う。1,050円(またか…)、19時32分。
好きだらけ (WANIMAGAZINE COMICS SPECIAL)

好きだらけ (WANIMAGAZINE COMICS SPECIAL)

 さて最後はBOOKOFF秋葉原駅前店。

 ところで俺が肩にぶら下げている鞄はと言えばビジネスバッグを一回り小さくしたぐらいの大きさであって、そこに土浦で買ったやや分厚い本3冊とA5判の薄いとは言えないエロ漫画本2冊が入って今やパンパンである。そのせいなのか土浦まで行って帰ってきたせいかやや疲れが出てきて、そうは言っても「永神秋門」の時ほど疲れているわけでもないのでやはり「日本ラブコメ大賞2012&2013」を念頭に本と本の間を泳ぐ事にする。そうすると身体は疲れているのに楽しくなってきて、それはいい事なのだろうがしかしいつまでこうやって楽しめるのかなあ、いつまでも楽しみたいがなあ、俺も30歳になってどうなるかわからんしなあ…と思いながらこちらを買いました。350円、20時31分。 というわけでブックオフを出てメトロ日比谷線秋葉原駅まで歩いて俺は家路へと帰るのでありまして、「裏東京毒探偵突撃古本屋」2013年版は滞りなくつつがなく終える事ができました。昔に比べると淡白な感じもするが、淡白であろうと「そんなんいいから『政局好色』を書け」と言われようとこの「裏東京毒探偵突撃古本屋」を通じた俺の戦いは俺が生きている限り続くのであります。来年はどこへ行こうかと楽しみを抱きながらまたお会いしましょう。