漫画讀本 文藝春秋昭和57年11月増刊号[文藝春秋]


 えーと、つまりですね、その昔「漫画讀本」という雑誌があったわけですが、この雑誌は昭和45年に廃刊となって、それを昭和57年に「傑作選」として復刊したものが本書です。昭和45年も昭和57年も平成の現在からすれば似たようなものですが、本書を読んでみると、いわゆる「劇画漫画」とは違う、大人の香りが漂うブラックユーモアやシニカルな笑い、粋な洒落、そして唇を曲げてニヤリと笑ってしまう下ネタまで実に多彩な550頁で大満足でありました。俺はラブコメ狂いの変態ですがこういうのも好きなのです。
 劇画漫画やストーリー漫画のような手に汗握る展開も壮大な叙事詩もない「漫画」、一コマや四コマが主体のこの漫画雑誌はどう考えても血気盛んな学生や若者が読むものではなく生活の垢がびっしりとこびりついたサラリーマン向けであったろう。高度経済成長の名の下に組織や上司先輩同僚と戦っていたサラリーマン戦士たちはこの雑誌を読んで一時の清涼剤としていたのであり、世間の厳しさと冷たさを知る大人たちには本書のような皮肉の利いたシニカルな笑いやブラックユーモア、そして身も蓋もないエロ話こそふさわしく、その内容は平成サラリーマンである俺が読んでも何の違和感もないものであった。50年前のサラリーマンたちも今と一緒でこういうのが好きだったのだ。実は俺は「俺みたいな携帯電話・インターネットのある生活が普通と思っている人間がタイムスリップして高度経済成長の時代に放り込まれたらどうしよう」と思ってタイムスリップするのを躊躇していたのだが、いつタイムスリップしても大丈夫そうですな。
 それにしてもこの雑誌から感じられる「世の中は色々としんどい事や腹の立つ事が多いので、この本を読んでリラックスしましょう、とは言え本当に最初から最後までリラックスすることはあなたのような勤め人にとっては見栄とプライドが許さないし馬鹿にされたように思われるでしょうから適当に上品なユーモアや風刺も入れてバランスを取ってあります」という姿勢は頼もしい。もはや萌えとエロと腐女子のものとなってしまった現在の漫画雑誌に求められるのは実はこういう大人な姿勢ではないかな、皆さんはどうお考えですかというわけで本書の面白かったところを抜粋して今日はもう終わり終わり。
 
・ハーテ、どの窓かな?

・でも奥さん、他にあなたのズボンの寸法を取る方法があるでしょうか?

・ついに彼を納得させたわ

・暇な時は魚を釣ったり、椰子の実を取ったりしましたけどね

  
女性地理学
・16歳から22歳――アフリカ(一部は処女地、一部は探検済)。
・23歳から35歳――アジア(暗黒にして測り知るべからず)。
・36歳から45歳――アメリカ(大騒ぎしてしかも技術的)。
・46歳から55歳――ヨーロッパ(荒廃、しかし面白いとこなきにしもあらず)。
・60歳以上――オーストラリア(誰も知っているが訪れる者なし)。
  
花嫁の好きなもの?
 新婚旅行第五日目の新郎新婦が朝の食卓についた。ボーイがやってきて何を召し上がりますかと聞く。
 花嫁が甘えた声で、「ねえ、あなた、あなたは私が何が好きかもうご存知ね?」。
 花婿あわてて、「も、もちろん知ってるよ。だけれど、たまには何か食べなくちゃ!」。
   
こうもり傘は俺のもの
 ある旅行販売人がシカゴで数日過ごした後、他の町へ移ることとなった。ホテルの勘定をすませて駅まで来た時、彼はホテルの部屋へこうもり傘を忘れたことに気付きすぐ引き返した。部屋の前まで来ると、その部屋には彼と入れ替えにもう新婚夫婦が入っていて、ドアの内側から甘ったるい睦言が聞こえてくる。
「この可愛い眉毛は誰のもの?」
「あなたのものよ」
「この可愛いおめめは誰のもの?」
「あなたのものよ」
「この可愛い鼻は誰のもの?」
「あなたのものよ」
「この可愛い唇は誰のもの?」
「あなたのものよ」
「この可愛いあごは誰のもの?」
「あなたのものよ」
 ここまで聞いたセールスマンはついに我慢できなくなった。「ちょいと失礼ですが、こうもり傘のところへ来たら、そいつは俺のものですよ」。