白戸修の事件簿/大倉崇裕[双葉社:双葉文庫]

白戸修の事件簿 (双葉文庫)

白戸修の事件簿 (双葉文庫)

 阿呆か。
 全くもうこういう奴を見てると腹立つというか、架空の世界にのみその存在を許されてどうするというか、とにかく憤怒と困惑が読了後全身を包んでいくのを抑えられない俺であったのですが、まあ「またこいつわけのわからんこと言うとるわ」と呆れながら俺のこの憤怒と困惑と涙の理由を聞いて頂きたい。
 俺による支配体制が確立している三宮のジュンク堂書店でこの本を手に取り、「お人好し探偵」「心が優しくなれるミステリー」と書かれた裏表紙の説明文を読んでちと嫌な気がしたのはこの糞ブログを愛読している醜悪なる諸君なら察してくれると思うが、書名にもなっているこの主人公・白戸修が「人間味がないほどの『いい人』で、その荒唐無稽な『いい人』ぶりを発揮することで事件を解決に導く」ストーリーのような気がしたからで(事実その通りであったのだが)、ここでもう口からタコが死ぬほど繰り返している泣き言を繰り返せばこの現実を生きている俺(読者)がその物語を読んで主人公やその他の登場人物に感情移入して読むためには(あるいは作品世界に没頭するためには)現実に生きる読者と同じ思考回路や感性でその事象に対応しなければならないのであって、何の変哲もない一介の大学生がたいして親しくもない知り合いから頼まれたからといって自らの命を危険にさらしたり厄介事に首を突っ込んでそれでもなお事件の解決に協力するなどもう阿呆の所業ではないか。怯んだり逃げたり保身を考えることもせず、ただひたすら「お人好し」を前面に出しては人間味がなくなることがなぜわからんのだ。そうなった時そのキャラクターは感情のないただの「作り物」のキャラクターとなり、汚れた世間から目をつぶる「スイーツ(笑)」や「『活字倶楽部』を読むような女」ならそれでもいいのかもしれんが俺をそんな尻軽女と一緒にしないでもらいたい(などと言うと「あんな尻の軽い変態女と一緒にしないでちょうだい」と言われるかもしれんが、そんなもん「俺はアニメファンであってオタクではない」と言うとるのと同じレベルじゃ)。
 しかしながら「そんなに不満があるなら買うな読むな、誰もお前に強制していない」と言われたらそれまでであるから愚痴はこのくらいにして本書であるが、平凡な大学生・白戸修は知り合いからの頼みを断れなかったり銀行強盗の現場に偶然居合わせたりしてズルズルと事件に巻き込まれるわけである。前述した通りそれに対応する主人公の心理と行動はともかく、その状況設定はなかなかに作り込まれているのは確かで、主人公の周囲に異変が起こった時から伏線は既に張られていたりするのである。特に昼下がりの普通のデパートを舞台に万引き犯・保安員・主人公の三者による逃走と追跡と騙し合いを描いた「ショップリフター」は軽妙なテンポの文体ながら作中人物たちの攻守がめまぐるしく変わり、そこで右往左往する主人公の存在が作品全体に緊張感を与えることに成功している。ユーモアミステリーの良作と言えよう。
 他にもこの主人公はスリの世界や何でも屋(ステ看貼り)業界の縄張り争いや探偵たちの内輪もめに巻き込まれ、普通に生活している人間ならばまず知ることのないウラの世界に立て続けに触れることで主人公自身もそれなりの「推理力」を身につけるという構成は非常に面白いものがある(繰り返し繰り返すがそこへと至る主人公の心理と行動は除く)。というわけでつまるところ、まあ、こういう小説も世の中には必要なのだということなんですかなあ。