悪魔の手毬唄/横溝正史[角川書店:角川文庫]

悪魔の手毬唄 (角川文庫)

悪魔の手毬唄 (角川文庫)

 山や海に囲まれた地方の小さな村で次々と起こる殺人事件、代々語り継がれる因習や言い伝え、狭い世間で入り乱れる関係者たちの愛憎、美貌のヒロイン、そこへやって来るのはお馴染みの名探偵金田一耕助である。ミステリー嫌いで名高い俺だが、この日本的なドロドロとした背筋も凍る妖しい雰囲気そしてボサボサ髪のうだつのあがらない男が織り成す物語には中学生の時「本陣殺人事件」を読んで以来興味が尽きることがない。そう言えば確かに中学生の時「本陣殺人事件」を読んだが、中学生ではあの作品が持っている本来の面白さの半分も理解できなかったであろうから今度また読んでみよう。
 というわけで以下ネタバレ注意ということになりますのでこれから本書を読む人は注意して下さい。時は昭和三十年、閑散なところで何ものにもわずらわされることなく一ヶ月ばかり静養したいという金田一耕助の申し出を磯川警部(「獄門島」「八つ墓村」で金田一と一緒に事件を担当)は快諾、岡山県兵庫県の県境で四方を山に囲まれた「鬼首村」の宿を紹介する。しかし磯川警部が鬼首村を紹介したのには理由があった。二十三年前の昭和7年に起きた鬼首村の殺人事件には不審な点が多く、できることならその事件の真相を金田一に暴いてほしかったからである。金田一とて迷宮入りしている難事件と聞けば血が騒ぐのが悪い癖、鬼首村にまつわる二大勢力(由良家と仁平家)の話からはじまってその村へやってきた口のうまい詐欺師によって村中がかき回され、見かねた湯治場の旦那が詐欺師の尻尾をつかんだところが逆に殺されたという二十三年前の殺人事件が語られ金田一と読者は一気に作品世界へ引きずりこまれてしまうという寸法である。
 詐欺師によって湯治場の旦那が殺されたわけであるが、その死体が何ともむごたらしく囲炉裏のなかに顔を突っ込むように殺されていたため識別不能、両親たちの証言によって死体は湯治場の旦那であるとされているが本当にそうなのか、実は殺されたのは詐欺師の方だったのではないかというのが磯川警部の疑問で、金田一もなるほど面白いとは思うもののなにぶん二十三年前の事件であるからどうしようもないではないか…と殺された湯治場の旦那の妻が切り盛りする宿に泊まる金田一の存在を嘲笑うかのように次々と殺人事件が起こるのである。
 (以下超ネタバレ!→)沼近くの侘び住まいの老いた主が失踪するが、この主というのが村人たちの表も裏も知り尽くしている油断のならぬ人物であった。主は昔別れた元妻と復縁すると言って大層喜んでいた矢先に失踪、同じ頃金田一はその元妻、すっかり老婆となり手ぬぐいを姉さまかぶりにして背中に大きな風呂敷包みを背負って顔がまるで見えないこの元妻と山中の峠ですれ違うわけであるが、その老婆こそ「血も凍るような恐怖と戦慄と、不可解な謎の数々を、あのまがまがしい風呂敷にくるんで」いたのであった。
 四方を山で囲まれた村の、閉鎖的な空間の中では人間の情と欲が生々しくその姿を現す。前述の詐欺師で殺人犯の男はある女に身篭らせるのであるが、その子供がいわゆるアイドル女優となって華々しく東京で成功を収め凱旋する一方でその詐欺師に夫を殺された女が産んだ子供は目鼻立ちの整った色白のきめこまかな肌でありながら顔半分をどくどくしい赤痣でおおわれていた。また村で勢力を二分する由良家・仁平家の娘がこれまた別嬪であるがその娘二人が思いを寄せているのが殺された湯治場の旦那の息子である。由良家も仁平家も縁談を持ち掛けるが、由良家の娘は殺され、その死体は何と滝壺の中にあった。奇妙なことに、口には漏斗がさしこまれていた。そのため、滝の水が死体の口にさしこまれた漏斗にむかってそそぎこまれる形となっていた…。この背筋が凍るほどの恐ろしい殺人と鬼首村に伝わる手毬唄の関係、そして明らかになる殺された娘たちの出生の秘密、金田一耕助の名推理、ああ、これ以上はもう言えません。ここまで読んで既に背筋が寒くなった人やそれで結局どうなったんだと続きが気になる人はとにかく本書を読んでみましょう、そして日本が生んだ最高のミステリーの世界にどっぷり浸かることにしましょう。