さらば国分寺書店のオババ/椎名誠[新潮社:新潮文庫]

さらば国分寺書店のオババ (新潮文庫)

さらば国分寺書店のオババ (新潮文庫)

 そうなのである。ただいま現在の21世紀は完膚なきまでに権威というか威厳というかとにかくよくわかんないけどヒジョーにエライ文化人様というのはお亡くなりになったので、若者はメチャクチャができなくなったのである。だって最初からメチャクチャなんだからね。本書のように「なんという毒だみが原のアリ地獄的夜陰にうごめくインビな張り込み戦法であろうか」といういかにも難しい言い回しを使うことでそういう「難しい言葉を使う人」を皮肉ったようなことをしても今の若者にはわからないんである。そんな事よりも合コン言って友達と海に行ってカラオケ歌って冷えたビール飲んでそこそこに働いていればいいのさ的なグローバルでITで英語なのさそれに適応できないとね的なこれからは男もきれいでいるべきだよ的な、とにかくそういうのがナウいのが今の時代なのであって、本書を読むと「ああやっぱり昭和だなあ。そうかこれが昭和軽薄体か」と感慨深く読んでいったのである。
 ちなみに俺は兵庫県糞田舎の糞小便から生まれた怠惰と惰眠と情欲の申し子であり権力闘争に奔走する愚かな人間だちを路地裏からそっと盗み見て一番おいしいところは食らいついたら放さない人間さそり的おぞましい憎悪爆弾男であるからして(えーと、昭和軽薄体ってこんな感じでいいんでしたっけ)、本書のような、どうでもいい事とは思いながらも腹が立つああ腹が立つしかしそれをそのまま書くわけにもいかないからあのえらそうにしている大人たち(ああこれも腹が立つ)とは違って少しはユーモア的にしかしブラックジョーク的にニヒルでダンディ的にしてこれで女にモてたらもうけもんよみたいな感じで書かれたエッセイを非常に楽しんだわけである(長いな)。国鉄の駅員たちはどうしてあんなに無愛想だったり突然大声をあげてささやかな安眠の時間を妨害するのであるか全くけしからん断固抗議する「無愛想な国鉄駅員を糾弾する国分寺の会」の事務局長に立候補する。いや待てよく考えれば無愛想だったり失礼だったりする奴が世の中多いではないか、これは一体何によるものなのか、今や公務員だけではなくあの国分寺の古本屋のオババだって細かいことをさも鬼の首を取ったごとく桃太郎のきび団子を取ったごとく川からドンブラコドンブラコと流れる桃を無視するごとくとにかく大変なことであるというような事が書かれてあって、ほらここまで読んで「さっさと本題に入れ」とか思った人には本書の良さがわからんのである。顔と首と頭とうなじとおっぱいを洗って出直してきなさい。
 どうもかなり体力を使うのでこのあたりで昭和軽薄体ゴッコはやめにするが、本書を読んで、まだまだNHK・朝日新聞岩波書店的なものが強かった時代だからこそ本書は当時の若者に受け入れられたのだという「昭和」時代に感慨深いものを感じると共に、日々を「ネタ」化してこのややこしい世の中を乗り切っていこうという現在の若者に通じるものもあるなあと感動してしまって涙が止まりませんチーズケーキ6つ買ってあの国分寺のオババの引越し先を聞いてオババに会いたいとも思ったのである。まさしく電撃的コンニャロー・オラオラどうしてくれるんだよという表現がぴったりの素晴らしいエッセイであります。特に気に入ったのは「うに寿司のジャーナリズム的摂取方法」というやつであって、これを聞いて「はあ?ふざけてんのか」という奴がいたら何度も言うがこのエッセイの良さはわかりませんあきらめましょう君みたいな人は将来きっとハゲるからカツラをかぶりましょうと言うしかないのであり、今までマスコミ関係に憧れてはいたがその驚愕の実態の現場を知って激しく後悔するのである。ルールもなければ礼節もなく、わりと真面目サラリーマンでもある作者はそのせいで寿司という名の最高裁で前座ヘビー級に出会い頭で「卑怯なり貴様あっ」と叫ばずにはいられない阿鼻叫喚の世界を知るのである。その手に汗握る描写力と荒々しい文体は確かに返り撃ち的衝撃光線ピカドン挑戦書という名に値しよう(こういうノリは疲れるな…)。
 それにしても本書全体に溢れる「底抜けの明るさ」と言ったらいいのかとにかく気の弱い君のために今日も僕が汚れ役になってはじけちゃうぞその後に続けえという楽しさは経験したことがないものであった。読んでいてこんなに楽しくなったのは久し振りで、しかしその「楽しさ」というのは「うわこんな阿呆みたいなこと書いてそれが文庫化されるんやったらもしかしたら俺のあの糞生意気な文章も間違って書籍化されちゃったりするかもしれんぞぬわははははははは」という、底抜けの明るさと対極にある非常に不健康な楽しさであったのであり、そういう俺のような人間を育んだのはまぎれもなく「昭和」の次の「平成」時代なのでありこれを改善するために「ラブコメ政治耳鳴全日記構造改革推進本部」を立ち上げ、本部長にはもちろん俺が就任し事務局長には是非とも諸君の誰かに頼みたいのであるからして…。