スペース・オペラの書き方/野田昌宏[早川書房:ハヤカワ文庫JA]

 そんなわけで不真面目な読書青年である俺はあっちこっちに女を作ってSFも読むわけである。そして筒井康隆党員を自認する俺は当然作者の名前も知っていたが、こうして作者の本を読むのは初めてである。何度も言うように俺は90年代以降のSFに興味はないのに読むのは国内SF限定という意味のわからん読書ルールを運用しており、スペース・オペラものについても「関心がないこともない」というレベルなのである。にもかかわらずこういう本を買うことがすごいではないか。え。何だ俺は自慢したいだけか。
 本書を本屋で見た時に「SF界の大御所の、何かこれまで出会ったスペース・オペラを紹介しながら思い出話でもするものだろう」と軽い感じの読み物を予想した俺の勘は正しく、内容はハインラインとの交流やアメリカから流れてきた黄金期のSF雑誌を神保町で買い漁る日々(神保町戦争)やコレクター昔話、そして名作SFの紹介と、一SFファンである作者が好き勝手に書いている楽しいエッセイである。しかしこういうエッセイというのはいざ探そうとするとなかなか見つからないのであって、そういうものをストックとして持っておく俺ってすごい。いや別に自慢したいわけでは。
 宇宙冒険活劇(スペース・オペラ)を皮切りにロボット、タイムマシン、発明、パラレルワールドと「SF各種の神器」を駆使した海外SF(50年代中心)紹介では、作者が心底楽しんで書いている雰囲気が伝わってきて読んでいるこちらまで楽しくなるが、やはり本書で面白いのはアメリカのSF雑誌を捜し求めていた若い頃のエピソードであろう。狂ったようにSF雑誌やペーパーバックを買い漁っていた作者に敵(他にもSFを買い漁っている奴がいる)が現れたと知るや、知り合いの店に「お目にかかりたし、当方、SFファン」と書いた名刺を置いていくところなど黎明期ならではのエピソードであるが、コレクター同士の疑心暗鬼は続き「暗いところには近づくな。襲撃されるかもしれない」とか「コーヒーに手をつけないのは、奴がコーヒーの中にLSDを混入してラリッた隙にコレクションの無償譲渡契約書に捺印させようとするからだ」と本気半分冗談半分で煩悶するところなど抱腹絶倒である。そして病気で死にかけた時には、長年の親友でありライバルである伊藤典夫が昔トラックの荷台から落ちそうになった時に助けてくれたのは「俺を生かしておいてコレクションがたんまりたまったところでそれを奪おうという魂胆だったんだな。畜生」とまで思いつめ、運良く回復した後「伊藤典夫という男から連絡はなかっただろうね?遺言状にサインをする約束が…とか何か言ってこなかったろうな?」と看護婦に聞くと、看護婦は「アラ!何を言ってるの?『いいか!俺が完全に死ぬまで、伊藤典夫という男にだけは知らせねえでくれよ。頼むぜ!』なんてしつこく私に約束させたのを忘れたの?」と答えたという。これぞコレクター人生である。
 面白いエピソードはまだある。ニューヨークの古物商との交渉で「とにかくあんたが欲しいものはべらぼうに高い。あんたにそんな金が出せるかね。あんたが今まで出した金の総額を上回るほどの金が必要になるよ」と言われ怒り心頭に達した作者が、ある日ソニートランジスタ・ラジオを送ると予想外に反応が良く、更にコケシ人形を送ったところこれまた上々の反応を示し、ついに200本のコケシ人形を買い込んだが…どうなったかは是非読んで下さい。何と言いますか、人生の苦味というやつにホロリとさせられます。
 たかが古本趣味、たかがコレクター趣味と言えどもやはり長いこと生きていればそれなりのドラマがあるわけで、俺も胸を張ってラブコメやBOOKOFFや永神秋門を満喫することにしよう。どうせ最後はみんな死ぬんだからな。