2 死んだふり解散(30→21)

 またしてもこの瞬間がやってきたということは今年も生き延びたいや逃げ切ったということであって、死ぬ・発狂する・蒸発する・殺されると言い続けながら実際に死んだり発狂したり蒸発したり殺されたのはどこかの誰かであり俺ではなかった。振り返ればこの日本ラブコメ大賞は1997年に始まったのでありその後の激動の国家と社会の中にあって俺はひたすら逃げ続け、その間逃げなかった多くの人が死んだのだ。俺ができるのは逃げることだけで、それで本人が平和に暮らせるならいいではないかと最近強く思うようになった俺がお送りする日本ラブコメ大賞2008、とにかくこれをやらずには死ねないしこれをやればもっともっと理想的なラブコメを求めて明日も生きていこうとほんのわずかな希望が生まれるのだ。ラブコメとは俺のことなのだ。
   
30位:我が妻との闘争/金平守人呉エイジ[角川グループパブリッシング:KADOKAWA CHARGE COMICS]

我が妻との闘争 1 (KADOKAWA CHARGE COMICS 15-1)

我が妻との闘争 1 (KADOKAWA CHARGE COMICS 15-1)

 ラブコメとは例えばしがない平凡なサラリーマンに絶世の美女が舞い降りる物語である。しかしそうそう絶世の美女が舞い降りるわけにはいかないし既婚の子持ちのサラリーマンはどうすればいいのかと最近結婚とか子供とか考えるようになった(もう俺も25歳だからね)のでじゃあ夫婦もので妻がものごっつい美人で夫にぞっこんというものを探せばいいではないかというはずが何をどうとち狂ったのか本書に巻き込まれ30位となったのである。こんなはずではなかったのだが。
 本作は、生活の垢がこびりついてしまった妻とまだ少年の心を捨てられない(遊びたい遊びたい遊びたい)夫の闘争の記録である。結婚当初巨乳で可愛くて優しかった妻は3人の子供と県営住宅住まいと毎日の家計のやりくりの果てにいわゆる鬼嫁となったのであり、そんな鬼嫁が握って放さない財布から趣味に費やす金をめぐんでもらおうとする夫の涙ぐましい努力は読んでいて非常に面白いものがある。街を歩けば華やかな青年男女が高慢顔で闊歩しているが結局はこのように生活とやらに悪戦苦闘する(月2万の小遣いとかマイホームとか)のであり、その悪戦苦闘のさまを苦笑交じりのユーモアに仕立てあげる本作のようなものこそ後世に残していかねばならないと考え30位となった。ちなみに今年は様々な「夫婦もの」が登場します。しかし本作を読んでやはり結婚などしたくないと思ってしまった。
  
29位:突攻!メイドサンダー/やぎさわ景一秋田書店チャンピオンREDコミックス]
突攻!メイドサンダー 1 (1)

突攻!メイドサンダー 1 (1)

 さて2008年度購入戦線は日本ラブコメ大賞2007の選考が終わった2007年12月29日にBOOKOFF赤羽駅東口店から始まったわけであるが、その時買ったのが本作の1巻である。作者はラブコメ大賞2007でも14位となりそのギャグセンスについては俺もかなり評価しているが、本作についてはラブコメとは言えず「ややラブコメ風」であり、まことに惜しい非常に惜しいの一言に尽きよう。
 両親の海外赴任で一人暮らしとなった高校生主人公の家にメイドが来るのである。そしてそのメイドがメイドでありながら木刀を持ったヤンキーらしいのである。それはまあ宜しい。しかしそれだけなのであって、その後このメイドと主人公がラブコメ的にラブコメになるのかというと何もなく、ただ単に面白おかしく毎日が過ぎるだけなのである。ああ惜しい。せっかく巨乳でヤンキーにもかかわらず炊事洗濯掃除完璧で俺の琴線に触れるのに。
 読みどころとしてはたまにそのメイドが「一度主従関係を結んだご主人様と冥怒(メイド)は一心同体!切っても切れない強い絆で結ばれているのさっ!」「冥怒(メイド)って言ったら家族も同然」と言ったり主人公にアタックするサブキャラとその冥怒が張り合うところだが、いかんせん「ヤンキー女に振り回される平凡な主人公」という具合に話が展開され物足りないので29位という結果になった。同じ「ヤンキーヒロイン対平凡な主人公」の「まりのシンドローム」(ラブコメ大賞2002・15位)を見習えと言いたい。しかしこれほど抜群のギャグセンスがありながら3巻で終わりというのも惜しい。本当に惜しい作品である。
   
28位:ニッポンのワカ奥さま/木村和昭芳文社:MANGA TIME COMICS]
ニッポンのワカ奥さま 1 (まんがタイムコミックス)

ニッポンのワカ奥さま 1 (まんがタイムコミックス)

 さて野望と罵倒の広島旅行の最後の戦利品たるこちらも夫婦ものである。
 で、話は変わるが夫婦ものに限らずラブコメにおける主人公(男)とヒロイン(女)の力関係で女の方が優位になることはあまりいい事ではない。仮に女の方が力関係において優位に立っていたとしてもそれが経済的なことや社会的なことといった説明のつくものであれば俺としても妥協の余地があるが(「金持ちの女と貧乏な男」や「女上司と男の部下」等)、ただなんとなく女が男をからかう感じで話を展開させるものは好きではない。まあそこらへんはSMで言うところのSかMかとか被害妄想とかいう品のない話になってしまうので深く掘り下げないが、本作もそういう「何となく女の方が上」的な雰囲気が漂うのである。これはいけない。
 本作は料理洗濯から着物の着付けや箸の持ち方まで完璧にこなすスーパー和風美女な妻と平凡なサラリーマンの夫のほのぼの生活4コマであり、本来なら今年の「夫婦ものブーム」の波に乗ってもう少し上位に来てもおかしくはないが前述の通りそこはかとなく「妻が夫をからかう、あるいはおちゃらける」感じがして28位となった。むしろ30位の妻のように「ワレ2万の重みわかって生きとるんか!!」クラスまでぶっちゃけてくれた方が好感が持てるのだが、そうでなければあくまで妻は夫を立ててその上ぞっこんで結婚しても夫に恋をしてるのよ的な甘ったるさを出すべきというのが俺の信念である。まあそれはそれでいやらしい気もするが、普段は頼りなくてもここ一発という時はやはり頼りになるという風に主人公(夫)を描かなければ一体俺や我々は何を楽しみに読んでいいのかわからないではないか。
 しかし本作もまた生ゴミのごとく溢れかえる反ラブコメ漫画群に立ち向かう有効な武器の一つであることは確かだ。精進してこれからも描きなさい。
 
27位:はるいちばん/荻尾ノブト[白泉社:JETS COMICS]
はるいちばん (ジェッツコミックス)

はるいちばん (ジェッツコミックス)

 要するに「ハーレムとは何か」といういつもの問題にぶち当たるわけである。それを考える上で格好の材料となるのが本作であって、田舎から医者志望の純朴な若者が上京するのであるが下宿先の親戚の家には美人四姉妹がいてまあセオリー通りその四姉妹とヤるハーレムエロコメが本作なのであるが、どうもその四姉妹と主人公の間に愛がこもっているように見えないのである。別に男(主人公)が力任せに女たちを服従させるわけではないが(そんな作品があったら是非読みたい)、強いて言えば性的関係を持つきっかけやその後の展開がバカっぽいのである。或いは軽薄とでも言おうか。一応「四姉妹の亡父がやっていた病院を継いでもらうためお婿さんにしよう」とたくらんで女たちは関係をせまるのであるが、そのためだけに本当に関係をせまるというわけでもなく、かと言って明確な愛情の表現がなくただ色々なシチュエーションのままにヤるという中途半端な感じなので27位となったのである。
 いわゆるハーレムエロコメが面白いのは「平凡な主人公が複数の女と肉体関係を持つ」からではなく「平凡な主人公が複数の女から愛を告白される」から面白いのである。なぜなら肉体関係を持ったからと言って相手(女)が自分(男)に愛情を持っているとは限らないのであり(俺の持論「女は皆淫乱である」)、また複数の女から愛を告白されながらもあくまで主人公はその平凡性を保つことが俺の共感を呼ぶのであるが、とにかくただヤるだけでは駄目なのである。これがもっと「主人公好き好き」を強調し女たちが嫉妬し合うようなストーリー展開ならもう少し上位を狙えたのだが残念ながらそこまでは行かず終わってしまいこのような結果となった。しかし本作を通して「ラブコメにおけるハーレム理論」を再認識することができたし、「明確な」愛情表現がないだけで結局は四姉妹みんな主人公(=俺)のことが好きだっちゅうことでええがなええがな。
    
26位:おまもりひまり的良みらん角川グループパブリッシング:角川コミックスドラゴンJr]
おまもりひまり 2 (角川コミックス ドラゴンJr. 101-2)

おまもりひまり 2 (角川コミックス ドラゴンJr. 101-2)

 さて本作こそ日本ラブコメ大賞2008において最も評価が難しかったものである。また本作を真剣に評価した結果26位という下位に決定したことは俺の考えるラブコメ論の長所でもあり短所でもあると言える。平凡な高校生の主人公の下に突如としてやってきたのは猫の化身で美少女であり、その美少女が言うにはその平凡な主人公は代々妖怪を倒してきた「鬼斬り役」の末裔で、主人公がどうのこうのではなく鬼斬り役の末裔というだけで様々な妖怪から狙われるので猫の化身の美少女が押しかけ女房してきたというのである。それは大変宜しいが、これまたセオリー通り様々な妖怪がやってきて主人公はたくましく立ち向かうわけである。ここが問題なのだ。
 つまり高校生というまだ精神的に未発達な子供に妖怪が襲い掛かってきて殺されかけるのにそれで平気というのが俺にはよくわからんのである。普通そんな状況に陥ったら精神が崩壊するほどのショックで生きていけんのではないか。それ自体がコメディとして展開しているのならともかく、その部分は真面目に話を展開させるとなるともう俺の心は離れてしまうのである。それだけではない。主人公はヒロイン(猫の化身の美少女)を守ろうと素手で無防備に立ち向かおうとさえするのである。で、案の定一旦殺され、しかしそこは鬼斬り役だからちょっと回復措置を施してもらえば(ロリ妖怪と裸で抱き合う)生き返るのだがちょっとそのあたりはついていけない。そんな事を言うなら漫画なんぞ読むなと言われそうだがまあ待ってください。俺が大人(来年26歳)になったからかもしれんが、最近はもうこういうものにあまり魅力を感じないんでして、でもラブコメである限り俺の挑戦は続くのですよ。
 俺は何も本作を批判したいわけではない。猫妖怪、幼馴染、ロリ妖怪、許婚が巨乳貧乳入り乱れて主人公にアタックするところは非常にレベルが高く垂涎ものであるが、やはり主人公の平凡性の問題が障害となり26位となった。そしてこれこそ俺の提唱するラブコメの長所でもあり短所でもあって、本作のような非現実を舞台にした作品を否定するのならば行き着く先は「平凡なサラリーマンが平凡に恋をする作品が一番いい」となって、我がラブコメコレクションにおける多様性が失われる可能性が大いにあろう。やはり頭を柔軟にして、どんな作品であれ(世界設定が宇宙や妖怪やファンタジーであっても)それがラブコメであれば積極的に手を出していかねばならないとこれまた再認識させられたのである。再認識したところでどうというわけでもないが、そのあたりは来年に残した課題ということで日々勉強ですな。
   
25位:おそって!オオカミくん/ゆきやなぎ[角川グループパブリッシング:角川コミックスドラゴンJr]
 本作もまた惜しいの一言に尽きる。この1冊で完結らしいが、これほどもったいない贅沢な作品もなかなかないのではないか。内容がもう俺の嗜好直球ど真ん中であるが、説明するといじめられっ子の高校生主人公に狼が取り憑いたのである。すると何と、いじめられっ子でもやしっ子な主人公は学校一の最強不良を簡単に倒してしまうほどの力を持つことができたのである。大変いいではないか。これで意中の女はもとより他の女もよりどりみどりでハーレムじゃぬわはははというところだがそこは少年誌、女たちの華やかな声に見向きもせず好きな女のところへ行って仲良くなり、「いつか狼はあんたを食い殺す」と言われても「僕は食われないしあいつも死なせない」と甘ちゃんなことを言って終わるのである。うーん、何ともったいない。アダルトコミックで何度か作者の名前を見かけるが、この乳は妙にエロくておいしそうだ。
 先ほど「ラブコメにおけるハーレム理論」と言ったが、考えてみればラブコメにおいては男(主人公)に対して女が複数群がるのが普通なのであるからラブコメは常時ハーレムなのである。そして本作も主人公に対して複数の女が好意を持ったり関わり合いになったりするが、何せ意中の女一本であってハーレム感はゼロである。これが惜しい。丹念に男と女のそれぞれの青春を描く純愛小説ではないのだから、せっかく狼の力とやらで暴れることができるのだから、もっともっと派手にやらなければラブコメとは言えずエンターテイメントとも言えないのではないか。まあ1冊それも170頁で話をまとめようとすればこうなるのは仕方ないか。それにしても非常に惜しい作品である。続きを是非同人誌にでも描いてもらいたい。
   
24位:海の御先文月晃白泉社:JETS COMICS]
海の御先 1 (ジェッツコミックス)

海の御先 1 (ジェッツコミックス)

 む。本作もまた評価し順位を決めるにあたって非常に悩んだものである。死んだ母の故郷である人口の少ない島にやってきた高校生主人公だが、その島には巫女がいて、巫女は神に仕え神にその身を捧げる存在として神そのものとして崇め奉られているのであり、当然その巫女というのは主人公が転校した学校の同級生なのである。それで巫女という神聖な存在を犯すという展開かこりゃええわいと思って読み進んだのだがそうではなく、何とこの主人公こそその巫女が仕えるべき神の生まれ変わりだというのである。これには唸った。そういう展開もありなはずなのに全く思い浮かばなかったからね。いやあラブコメ読み10年とは言え日々これ勉強ですねえということで主人公は神の生まれ変わりでヒロインの巫女たちは神の寵愛を賜るのならもうさっそくヤるのですねというわけにはいかんのである。ここで主人公は優等生ぶって「俺は神なんかじゃない。特別扱いしないでくれ」と言うのである。
 つまり何が言いたいのかというと大体わかるだろうが本作の主人公は快活・さわやか・いい子過ぎるのである。別に押し倒せセックスしろ陰気になれ2ちゃんねるでもしろとは言わんが、もう少し現実的な行動をしろと思うのである。これは前2作にも言えることであって、女にチヤホヤされるのもラブコメの魅力の一つだが主人公がどれだけ平凡でそこらへんにいる奴らと同じかを読者にわからせ感情移入させるのがラブコメの最大の魅力なのでありそうすることによって「俺たちと同じような平凡な奴がモテている」=「俺がモテている」と疑似体験できるのである。それがお前神やと言われて増長することなくいや俺はあくまで君たちを女の子として見たいとか歯が浮くようなことを言うのである。普通高校生やったら調子に乗ってでもそんな自分に嫌悪するというような浮き沈みがあるはずなのだ。そのあたりを考慮すると24位と、結局「主人公の平凡度」が障害となって不本意ながら下位に甘んじることになるのである。
 しかしさすが「藍より青し」(2002年度第18位)の作者だけあって、前2作とは比べ物にならぬほど画力・ストーリー構成・ヒロインの心理描写がしっかりしており引き込まれるようにして読んでしまった。豊かで綺麗な自然と美しき「巫女」たちの物語。続きが気になりますなあ。
   
23位:神様のおきにいり内山靖二郎メディアファクトリー:MFJ文庫]
神様のおきにいり (MF文庫J)

神様のおきにいり (MF文庫J)

 反ライトノベルス派の牙城とも言われる俺であるがそれは誤解である。俺はラブコメであればウエルカムであり反ラブコメであればゴーホームだというただそれだけの話だ。それとは別に一読書青年として言いたいことは色々あるが、まあ一言で言うとラノベ講談社エンタメミステリ何とかにはもっと謙虚さをもってもらいたい。どこかの阿呆と違い俺は基本的に読んだ本は一生の思い出として墓場まで持っていくつもりなので、墓場まで持っていくに足る物語というものを提供してもらいたい。というわけで本作品だが平凡な主人公の住む家には昔から座敷わらしがいてこれが結構レベルの高い家神様だったのでありそんな神様と対等に話ができる主人公も実は結構な妖力(ただ妖怪が見えるだけ)を持っていてそこから始まる大騒動、と非常にオーソドックスな作品だがなかなかラブコメのツボを押さえているのである。
 まずヒロインを妖怪にする、それも26位「おまもりひまり」のような主人公と同じ高校生ではなくあくまでロリっ子妖怪として存在させ、そこに幼馴染や大人の女の色香を漂わせる妖怪を配置し主人公と絡ませることで逆にロリっ子妖怪と主人公の関係の深さを際立たせることに性交、じゃなかった成功しており、これは絵とスピードによってのみ成立する漫画では難しく物語を常に展開させる小説だからこそできるオーソドックスだが手堅い手法である。またこのヒロインが主人公に対して「所詮妖怪にしかわからん、人間には絶対理解できないことがある」として安易なヒューマニズムに陥らないよう釘を刺し、また主人公もその言葉を自分なりに考え悩むところが好感できよう。主人公が特に妖怪と友達になろうとかいう積極的な考えを持っているわけでもないのに妖怪が見えてしまい、妖怪にすれば「え。こいつ俺が見えるんかい」→「でもこいつ俺ら妖怪を見ても特に驚かんよなあ」→「どんな奴やいったい」ということになって知らず知らず事件に巻き込まれてしまうという、オーソドックスだが手堅い「巻き込まれ型」手法を確立しているのもいいですな。
 本作のようにラノベにおけるラブコメの基本をきっちりと押さえ、且つ物語としての深みや幅も丁寧に作り込まれている作品であれば俺はどんどん読んでいきたい。ただ女を暴れさせたりヒーローに仕立てあげるような底の浅い作品では一時売れたところで3年も経てば105円で安売りされるだけである。もういい加減熱病にうなされたようにラノベを過大評価するのはやめたらどうかな。
    
22位:ひよママ/真島悦也メディアワークス:DENGEKI COMICS]
ひよママ (電撃コミックス)

ひよママ (電撃コミックス)

 作者の作風については2006年第28位「コイネコ」の時にも言及しているが、ラブコメにおけるいわゆる「積極的な女」があまりに積極的過ぎるとただの品のないコメディになってしまうのにこの作者はその積極性を保ちながらも常に新鮮な笑いを生み出すなかなか稀有な描写力の持ち主なのである。それは本作も同様で、いきなり可憐な美少女が「あの、お話が…」とやってきて舞い上がる主人公だが何とその美少女は「私、あなたのお父さん(海外出張中)と婚約したんです。だから私のことは『お母さん』って呼んでくださいね」とこう来るわけである。そのヒロインがまたおとなしいようで妙に押しが強く、本当に母のようでこの言葉は使いたくないが「萌え」てしまいました。
 というわけで当然上へ下への大騒動が始まるのであるが、そのあまりの衝撃の展開に戸惑う主人公の混乱ぶりが無理なく無駄なく自然に描かれ一気に感情移入できる上に話の展開があれよあれよと一息つく暇もなく結末へと流れる様子は非常に痛快なものがある。いわゆるページ稼ぎのための「ダレ場」や作者の自己満足な寒いギャクなどは全て省かれ、「さあ美少女があなたのお母さんとか言ってきました、幼馴染もやって来ました、おっとまたまたお母さんと名乗る女たちがやってきました、奇妙な共同生活がはじまりました、おおっとそこでお母さんが連れ去られそうになります。さてさてこのピンチに、主人公はどうしますかな?」と昔見た紙芝居のようなスピード感のあるワクワクドキドキが本書には詰まっているのである。ただし本書も1巻完結のため少し詰め込み過ぎな感じもする。作者ほどの力量なら複数巻になったところでギャグの鮮度は維持できるだろうに。ちなみに順位の方はギャグの方は申し分ないとしてもお色気やエロ路線が全く期待できない絵柄なので総合的に評価すると22位ぐらいがちょうどいいのである。いやほら、俺って平成変態糞野郎だからね。
 ラブコメにおいて「押しかけ女房」は基本中の基本、ありふれた手法だが、本作では突然見知らぬ女と一つ屋根の下で暮らすことの驚きと戸惑いと期待が実に自然且つコミカルに表現され、読んでいてこれほど楽しくなる作品も珍しい。「親子はやっぱり裸のスキンシップ」と言って一緒に風呂に入ろうとするところなど母子相姦ものを好物とする俺にはなおさら(以下略)。
   
21位:スラムオンライン桜坂洋早川書房:ハヤカワ文庫JA]
スラムオンライン (ハヤカワ文庫 JA (800))

スラムオンライン (ハヤカワ文庫 JA (800))

 今やすっかりライトノベルスやオタクたちに媚を売りおべっかを使い昔日の栄光をドブに捨てた早川書房であるが、本書のようなラノベ上小説未満な微妙にして面白い作品を提供することができるのなら存在意義も認められよう。何不自由なく生まれ、育ち、目的もなく毎日を過ごすモラトリアム大学生である主人公は日夜格闘技のネットゲームに精を出し、ただ自分より強い奴と戦って勝利を求め続けるのである。しかし本作はそんな若者を批判しているわけでも賞賛しているわけでもない。ネット時代にはネット時代の若者の姿があり青春があるのだということを極めて真面目に描いたのが本作であり、むしろ本作には村上春樹的な叙情とあきらめが漂っているとさえ言える。村上が学園紛争の真っ只中にありながらそこに共感を見出し得ず、だからと言ってそれを否定するほどの考えも持てずただその時代を漂うしかなかったように、本作の主人公も「ゲームなど無駄だ。保証する」と言いながら、「ゲームに時間を費やすのが無駄というのなら、リアルな世界で時間を費やすほうがゲームより有意義な理由はあるのだろうか?平凡で大部分はつまらない大切なリアルな世界での体験が、僕という人間の基礎をかたちづくっているのは確かだけど、バーチャルな世界の経験より貴重だと言い切ることはできない」とどっちつかずのはっきりせぬまま、姿の見えぬ強いネットゲーマーと戦い続け最強を目指すのである。それは全く子供のお遊びでしかないが、それもまた青春の一つの断面と言える。大人にも同世代の若者にもわかってもらえなくても、青春の一時期にはただ衝動的に行動することが多々ありそれは昔も今も共通するものである。本書はそのような非常に真面目な青春小説なのだ。
 更にこの平凡でどことなく陰気な感じのする主人公になぜか可愛い同級生が話しかけてきたりしてラブコメとしても申し分ないのだがなぜこのような順位になったかというと実はこの主人公は結構格好つけ野郎なのであった。不良に絡まれても平然としたり(殴られるだけだが)その後村上春樹の小説の主人公のように「人間の体は三分の二が水分で、皮の袋に血を詰めたようなものだって。だから、怪我をすれば血が吹き出る」「僕は狼なんかにはならないよ。そんなにカッコよくはなれない。まだ、あのときの負けを返してないから。どっちかって言えば、まだ僕は豚なんだと思う」などとキザったらしいことを言うのでカチンと来て21位となった。いや俺の器がめちゃくちゃ小さいのかもしれんが、まあもうちょっと自然にやれんもんかね。それとも俺もそんなキザったらしいことを平然と言えるようになるべきかね。うーん。