特別編 裏名古屋毒探偵突撃古本屋(2)

 昼12時ちょうどに家を出た俺はとりあえず地下鉄・JRを乗り継いで品川駅そして横浜駅に着いた。考えてみれば横浜に来るのは初めてである。とにかく「横浜」という言葉が持つ過剰なほどの「オシャレ」感が鼻について無意識に避けていたのだが、こういう時でもない限り来ることもないだろうということで駅外へ出て昼飯を食うことにする。「相鉄ジョイナス」というところに行き、横浜だというのにいつもの無愛想ぶりを発揮してカレーを食うことにしよう。横浜だからといってオシャレな喫茶店に入るようなことは俺の流儀に反するのだ。
 カツカレー大盛りを食っていると俺の斜め右にいた50過ぎと思われる中年女が「注文したものがまだ来ない」と怒っていて、そう言った直後に来たカレーをその隣りにいた20過ぎの息子と思われる男に「さ、マー君、食べなさい」と言って渡していた。
 というわけで時刻は14時前だったかとにかく名古屋へ向けて西へ行くことにする。どうせ名古屋まで在来線を乗り継いで行くことは不可能であろうが、とにかく行けるところまで行くのである。なぜそんなことをするのかというと
(1)ゆっくり本が読めるから
(2)新幹線代を少しでも安くできるから
(3)そんなことをするのは俺ぐらいだから
 の3点があげられるが、まあ(3)によるところが大きいんでしょうなあ。というわけで各駅停車で熱海まで向かう。ちなみに熱海というのは神奈川でしたっけ。もう静岡に入ってるんでしたっけ。窓の外はちょうど兵庫県糞田舎でいうところの神戸−明石間のような田舎でもなく都会でもない、俺が好む微妙なバランスの風景が続いていた。更に最近電車に乗っても寝てばかりでろくに本も読めない日が続いていたのだが今日は非常に読書が進み、熱海にはあっという間に着いた。

 熱海駅の改札を出たら舞妓さんがおりました。まあ外人が見たら喜ぶのだろうがちょっとあざとい気がするなあ。女たちは慣れているのか正面で写真を撮られていても全く意に介さない風であったのでこちらもコソコソと撮る。
 さて時刻はまだ15時半である。新幹線に乗るには早いということでもういっちょ頑張って静岡へ行くことにしよう。しかしよくわからんのだが快速や特急というものはないらしくまたしても各駅停車である。ホームでは結構な人数が並んで待っていて、電車は3両、静岡まで1時間半ぐらいかかるということであるからしんどいかなと尻込みしかけたが無事座れる。が、かなりギュウギュウ状態であって本を読もうにも肩から腕にかけて不自然な形となり自らの肥満を恨んだ。
 その後も窓の外は「神戸−明石間のような田舎でもなく都会でもない微妙なバランスの風景」が続いていたが、三島駅沼津駅でかなりの人が入れ替わり、また車内は立っている人がほとんどという満杯状態となり満杯特有の臭いが漂いはじめた。何となく本を読む集中力が途切れそうになり、さっきからずっと横で喋っている女ふたりの会話に意識が向けられていくのがわかる。いつもの「盗み聞き」癖であるが、あんなに声が大きくては隣りにいる俺どころか車中に聞こえていたのではないか。
 二人はアヤコとユキという名前で、アヤコはどうやら小学校の教師でミキはOLのようである。20代後半と思われる二人は職場の愚痴や恋愛話をはじめ、俺は二人に気付かれないようそっとメモを取りはじめた。
「でさ、普通にだよ、普通にジャージで授業してたらさ、いきなり教頭が『4時間目はちゃんとしたスーツで』って言うわけ。突然」
「事前に何にも言わずに?」
「うん、本当に突然。アタシ『無理です、絶対無理です』って言っちゃった」
「ああ、たまにいるよね。突然そういう事言う人」
「ねえ」
「(突然脈絡もなく)ね、ウスイヒロミちゃんっていたじゃない」
「ああ、いたね」
「何かね、今度結婚するみたいよ」
「ええ!すごいじゃん」
「うん、それがね、相手はね、年下なんだって。あの子、それまでずっと年上が好きって言ってたのにさあ」
「へえ」
「で、本人も『自分でもびっくりしてる』って言うのね」
「結婚かあ…。面倒くさいなあ」
「あはは」
「あのさあ、前にあったんだけど、アタシの先輩がね、急に『話がある』って来たのよ」
「うん」
「で、何か聞いてたらね、今度結婚するんだけど、その結婚する相手がさあ、アタシの元彼なのよ」
「ほほう」
「でさ、アタシは全然気にしてないって言ったんだけど」
「ああ、向こうの方は…」
「そうそう、何か『本当にいいの?』みたいな感じで聞いてくるのよ」
「ああ、でもそうなっちゃうかも」
「もう本当にさあ、アタシは何とも思ってないんだけど、向こうとしては何か気がかりなんだろうね」
「ははは」
 などと喋っているのを聞いているうちに静岡駅に着いたのは17時頃であった。電車を降りる時に二人の顔をチラっと見て、見なければよかったと後悔した。声だけだとアヤコの方はサンプロの司会の女でミキは三石琴乃みたいな感じがしたのだが、とりあえず一旦静岡駅の改札を出る。

 目安としては19時以降に名古屋に入る予定であるが、ここから新幹線に乗っては名古屋には19時前に着いてしまう。何事にも「予定の時間ピッタリか遅れて行け、決して予定より早めに行ってはならない」と心に決めている俺であるから(なぜかと言われても俺が聞きたい)またしても在来線に乗ることにする。まだ名古屋には着かない。