日本人はカレーライスがなぜ好きなのか/井上宏夫[平凡社:平凡社新書]

 喰うなら女か、それともカレーライスかとまで言われる女心の大怪盗とは俺のことであるのは諸君御高承の通りであります。などといつもにも増して意味不明なことを言っている俺は週に4回はカレーを食べる肥満アンド童貞でありいやまあ童貞は関係ないが(風俗経験は豊富なので穴に入れること以外は大体経験済み、いやそんなことはどうでもいい)その俺が6月14日に神保町のブックス@ワンダーにて315円で買った本書はこの非常に文学的且つ難解なタイトルから分かる通りカレーについて書かれたものなのである。インド人もびっくり。
 そもそも1983年生まれで物心ついた時から狭いマンションに住んでいた昭和末期・平成初期型世代の俺にとっては「おふくろの味」とはカレーのことなのである。どれだけレトルトや外食が出回っても母が作るあのカレーにかなわない。しかしそんなことはともかく、おおカレー、君はおいしいのである。なぜそんなにおいしいのか。それはいつ日本にやって来てどのように発展して俺の好物となったのかを本書は教えてくれよう。
 とは言うものの本書は「カレーの味覚」について科学的に解説してくれるわけではなく、もっぱらカレーを通して日本と日本人の特質を考えようという文化史的エッセイである。特に作者が強調しているのはカレーの本場がインドつまりアジアであるのに明治日本人はカレーを西洋の料理と思って輸入しており、もしインドの料理とわかっていたらここまで受け入れられたかという疑問である。「坂の上の雲」の例を出すまでもなく、明治日本は欧米と肩を並べたくてせっせと洋食を取り入れてカレー大好き民族となったのでありそこにアジア蔑視が存在していたのは確かであろう。しかしそんなことを言ったってそうでもしなきゃ日本は植民地になってたよ、と議論が盛り上がるのが文化史のいいところである。
 更にカレーは日本人の摂取文化を知る上でも参考になる。すき焼きなど和(しょうゆ)・洋(肉)・中(囲み鍋)がミックスされた典型的料理だが、カレーにしても肉・野菜・トンカツと何をのせてもいいし日本人はそれに何の抵抗もない。米があり、ルーがあれば、あとは何をしてもいいのである。カレーパン、カレーうどんなど当然の事だが外国にはないそうである。これも「日本人とか何か」を考える上で非常に参考になる。やっぱり新書はこうでなきゃねえ。いかにもさらっと軽く読めるようでなかなか深いところを突く本書こそ新書の鑑である。
 というわけでカレーに関する面白いエピソードを書いて本日は終わります。皆さん、今日もカレーを食べましょう。「(太平洋戦争で日本の食糧事情が極度に悪化して)カレー粉のほとんどが軍隊にまわされた。『軍隊調理法』にカレーが記されている以上、陸軍官僚はカレー粉を用意しなければならなかった」「戦争中、陸軍はカレーを敵性語だとして、『辛味入汁掛御飯』と呼ぶようになった。ただし、海軍は終戦まで『カレー』と呼んでいた。ドイツ流の厳格な陸軍とイギリス流のリベラルな海軍の違いである」「池田勇人首相は安保騒動の後遺症から立ち直るため、『寛容と忍耐』を掲げたが、ある日、閣僚たちを官邸に招いて『カレーライスを食べる会』を開いた。フランス料理なら気取ってしまうし、庶民的なカレーライスなら人々は『政治的パフォーマンスだ』と思いつつもどこか安堵してしまうからだ」。