広島電鉄編 マザーネイチャーズ・トーク/立花隆他[新潮社:新潮文庫]

 そのようにして広島編の最後は広島への道中及び滞在先のホテルの1階のロビーで読んだ本書についてである。今回は周りの風景やホテルの部屋のテレビのCNNに心を奪われて(ばっかりやなお前)本書を読んでいるうちに旅が終わってしまって実はこれ一冊しか読んでいないのである。まあ俺は本を読むスピードが遅いし読み終わってからもわざわざこうやって胎児並みの感想文を書くわけやからね。しゃあないね。ん。俺は今言い訳をしたのか。
 本書は知の巨人・立花隆が7人の自然科学者と「ネイチャー=自然」について対談したものをまとめたものであり、社会科学系の人間である俺(というほどのもんではないが)が本来手を出すはずのないジャンルであるが立花隆という太った人が出るとなると話は別なのである。俺はこのおっさんの本を読むとその影響をモロに受けて知的好奇心というやつがムクムクと勃起してしまうのであって、本書ではその立花がサル学・動物行動学・惑星科学・免疫学・精神分析学等の最先端に立つ一流科学者たちと楽しき「知的対話」を繰り広げているわけである。ムラムラ勃起本とでも言おうか。
 それにしてもこの対話というのが非常に妙手であって、専門用語が連発され読んでるこっちは訳がわからなくなるはずなのだが何となくイメージをつかんだ気になってしまうのである。「ふんふんふん。…ふん。ふん?……ふん。ふん。ふんふんふん」という具合にスラスラとはいかんがとにかく興味が途切れることなく読めるのであって、それは立花が「ここまでは専門用語を使っても何となくイメージできるだろうからそのままで、これ以上は解説した方がいいな」と対談後にきっちりと編集しているからであろう。さすがに高校生が読んでもチンプンカンプンであろうが、それなりに読書経験を持つ大学生が読んでも十分楽しめるはずである。
 本書で印象深かったのは、結局「自然のメカニズムはほとんどわからない」し、「自然もしくは地球に対して人間というのはちっぽけな存在に過ぎない」という諦めや悟りを自然科学者達が実に率直に語っているということである。46億年の歴史を持つ地球に数百万年前に誕生したばかりの人類が挑み、理解そして支配することなど所詮は不可能なのであって、そもそも人類は脳の働きや免疫のメカニズムや心の動きすら大部分が解明できていないのである。この上自然の何がわかるというのか。
 しかし本書は自然科学者たちの深いため息と絶望を紹介するものではない。科学者たちはそういう「途方もない壮大なわからないもの」に立ち向かうことに面白味を感じ、その現象をごくわずかながら解明することで自然や地球がいかに偉大であるかを肌で感じるのである。とにかく科学者達は「わからないですね。これはもう、本当に、わからない」と言うわりには嬉しそうな感じがするのである。まあ本書はそのような「科学者達の生き様」を読み取るようなものでもないのだが、とにかく俺はそう思ったのだ。
 というわけで毎度のように面白かった部分だけ抜き出して今日も終わりとしよう。
「森というと、日本は植物だけを考えるわけです。ヨーロッパでは森といえばそこに住む動物も含めて考える。植物があれば、当然生きている動物がいっぱいいる。それが森なんです。ところが日本は森といったら、植物だけで、動物は悪者です。日本は世界中で非常に少ないピュアな農耕民で、ヨーロッパや中国は農耕牧畜民ですから、動物というのがどれだけ大事か知ってる。でも、きわめつけの農耕民の目でみれば、動物は大体害獣なんです」
「我々が天体の上で自給していくためには、水と二酸化炭素は必ず必要なわけですね。金星には二酸化炭素が異常にありますが水がほとんどないわけです。水星には大気がないですしね。お月さんにはどっちもないわけですね。地表に水と二酸化炭素がある星というのは、地球と火星しかないわけです。やるかやらないかは別にして、可能性のある星は火星しかないですね」
「妄想や夢なんかに支えられて、しかもある程度の思い込みなんかを持って、僕らも生きているわけです。結局、自分が生きて安定しているということは、ものすごい量の、いろんなものに支えられているわけですね」
「動物というのは、個体中心のシステムです。個体として生まれて、成熟して、老化して、死にますね。それに対して植物は、細胞中心のシステムと言っていいと思います。種子の形で何十年も休眠することもあれば、地上の茎葉を捨てて地下の根で生きのびることもあります。そういう意味では、個体の死がないと言えます」
「森を伐採して人間が農耕をはじめたのが植物の病気が広がる原因ですからね。そのとき、長い時間かかってできあがった微生物生態系のバランスが崩れはじめて、その結果、特定の作物に被害をもたらすように変異した微生物が出てきたということなんです。それに対応しようとしても、結局他にやり方がないから、殺菌という手荒い手段に頼ってしまう」