第二次世界大戦 ヒトラーの戦い 5/児島襄[文藝春秋:文春文庫]

――というわけで、
 今回はこのように児島襄的な書き出しから始まるわけである。前回は朝鮮戦争の本について読書感想文(@幼稚園児並)を上梓したが(http://d.hatena.ne.jp/tarimo/20080105)今回は俺が児島襄の世界を知るきっかけとなった第二次世界大戦ヒトラーシリーズである。今をさかのぼること50年前の2002年12月22日にブックインザスカイ(仮称)で本作1巻を買って以来のベストセラー(@俺の糞人生)であり、500年の時を経てやっと全10巻のうちの5巻まで買うことができたわけである。そしてなぜ5巻まで揃えるのに5000年もかかったのかと言えば俺は本作を必ず105円で買うことにしているからである。210円や315円では絶対に買わないのだっ。攻撃、そして勝利だっ。などと言うから前巻4巻を買ってからこの5巻を買うまでに3年半の歳月を要したのだが。
 本書は1942年夏のスターリングラード攻防戦から1943年夏のムッソリーニ失脚までのヒトラー及びドイツの選択と攻守を詳細に追った手に汗握る大ノンフィクションである。とにかく男ならスターリングラード攻防戦と聞いただけでも一種の興奮を誘われるものだが、「第二次世界大戦の趨勢を左右する」とまで言われたこの戦いの詳細を知ることは第二次世界大戦を特に軍事力学的に理解するのに大変参考になろう。
 「戦争は補給である」とは古今東西を問わない俺ですら知っている大鉄則であるが、独裁者にはもう一つの鉄則「勝ち続け、攻撃し続けなければならない」がある。この2つの鉄則を両立させた者こそが独ソ戦勝利者になるのであり、それは両独裁者ともとっくに承知の事であったろう。しかしヒトラーは次第に「攻撃と勝利」に固執することになりスターリングラードの敗者となるわけである。
 スターリングラード攻防戦は実際は「スターリングラード市街戦」とでも言うべきものであった。そして市街戦とは肉弾戦であり、「地上と地下をしらみつぶしに掃討し、進んでは後戻りするぐらいの手間を惜しまなければ、いつ背後から狙撃され手榴弾を投げ込まれるかわからない」中で、補給の不足と士気の低下と戦いながら無残な抵抗を続けるドイツ軍の姿は戦争の何たるかを教えるものである。「補給不足を補うために傷病兵への食糧配給を停止すると、重傷者と重病者は戸外に近い場所、あるいは風雪が直接に襲う場所に移された。なるべく早く凍死させるためにである」「餓死を待つのを嫌い、拳銃で自決する傷病兵が続出した。無理もない、と同情して、自決を援助した戦友たちは、予想外の事態に直面して『自殺幇助』をやめた。自殺者が発生すると、体温の低下を鋭敏に感得したシラミは、とたんにいっせいにその死体を離脱し、生者に移動するからである」…。
 スターリングラード攻防戦に破れたドイツ軍はなおも東部戦線に固執し、部分的な勝利をおさめ持ち直したかに見えたが一方で西部戦線ではアフリカ方面にて連合軍の攻撃が襲いかかる。もはや連合軍のイタリヤ本土上陸は確実であり、にもかかわらずイタリヤでは反ムッソリーニ、反ドイツの機運が高まりろくな抵抗がされない。盟友ムッソリーニの状況を憂慮したヒトラーはただでさえ危うい東部戦線の兵力を西部戦線へ移動させることを決心するところで本書は終わる。本書では作者の持ち味である「当時の政治・外交・軍事状況から世論や経済情勢まで幅広く見渡す」視点は封印され、大半がスターリングラード攻防戦かそれ以外の東部戦線での戦いについての記述に終始しているが、「独ソ戦」が第二次世界大戦に与える影響を鑑みればおかしくはないだろう。
 またユダヤ人虐殺を国家的に行ったドイツが、ソ連によるポーランド人虐殺(カチンの森の大虐殺事件)に大騒ぎして国際的に大宣伝するところなど、歴史の皮肉や複雑性などと言う言葉では片付けられない「何か」を考えざるを得ない。結局はそれが第二次世界大戦ということなのだろう。