小泉政権50の功罪/鈴木棟一[ダイヤモンド社]

 さて本来なら読書紹介は「脱走と追跡の読書遍歴」でやるべきであるが、本書は2003年春の有事法制決着から2006年秋の小泉退陣安倍内閣発足までの日本の政治及び政局の第一級資料であるので「政局好色」で扱うことにする。ちなみに本書は2007年11月24日12時40分に生涯初にして意味不明の一人旅舞台である新潟のジュンク堂書店新潟店にて購入したものであり(http://d.hatena.ne.jp/tarimo/20071217)、同年12月30日に兵庫県糞田舎へと向かう新幹線及び京都駅から市営地下鉄・阪急電車を乗り継いで淡路・十三・三宮を通過する道中にて読まれたものである。新潟・東京・兵庫を結ぶことができるのは俺が生きているからだと感動するのは変なことか。
 政治とは我々とちっとも変わらぬ人間のドロドロとした血みどろの権力闘争の連続である。実際の血は流れないがそこにいる人々の生活と威信は日々傷つけたり傷つけられたりしているのであって、何度も言っているようにこれが面白いはずがない。特に2003年秋の総選挙後から小泉の権力が確立される2005年夏の総選挙までの小泉対反小泉対親小泉不満派(言わずと知れた青木・森ラインのことである)三者の戦いは熾烈を極め、あいにく俺は就職活動やら東京上京戦線により2004年夏頃からそれら政局従軍を離脱していたので(もちろん大筋は見聞していたが)あの政治への浪漫を認識し始めた20歳前後の頃の興奮が再燃したような感じである。折しも本書を読み終えたのが兵庫県の糞田舎の実家であり一層盛り上がり東京に帰るのが嫌になったがそのあたりは割愛しよう。いや俺もそこらへんはもうわかっているからさ。
 舞台は2003年秋よりはじまるが、道路公団藤井総裁の更迭や中曽根元首相への引退勧告で見られた小泉のやり方の下手さとは、つまるところ「小泉は根回しを嫌う」という一般の保守政治家とかけ離れた「変人」であることの証左であるという。それでも小泉は世論と無党派層へのアピールによって政局の要所要所を押さえるが、そのような「小泉・安倍(当時は幹事長)人気」と公明・学会頼みにより辛くも政権を維持できる自民党の危機感は保守新党の消滅によって更に深刻なものとなる。野中広務はかつて「公明党という組織に座るのはどうか。保守新党という座布団をはさんでこそ安定する」と鋭い論評を残している。
 その後2004年となり小泉は異例の二度目の訪朝と拉致被害者家族の帰国・ジェンキンス氏と家族の再会などあからさまな参院選対策によって外交音痴を露呈するがそれも世論の支持により何とか乗り切るも肝心の参院選により敗北を喫してしまう(俺が政局従軍から離脱したのはこの頃である)。なぜなら小泉総裁によって自民党は「利権政党からただの政権政党に変わってしまった」からであり、もはやよるべき組織と票は崩壊してしまったのである。しかし反小泉の主力となるべき最大派閥橋本派日歯連事件や参院選による組織候補大敗により弱体化し、状況は混迷の度合が増しただけなのであった。その後の内閣改造から郵政民営化方針を巡る政府・自民党の戦いこそまさしく小泉政権最大の暗闘なのであって、このあたり民主党は全く蚊帳の外である。しかし結局ここでも自らの信念を頑として譲らなかった小泉が最後の最後は勝つわけで、このあたりやはり小選挙区制によるリーダーシップの問題と無縁ではあるまい。
 それにしても小泉の政局観及び世論への思慮は尋常ならざるものがある。功罪はあるにしても歴史的な首相であることは間違いなく、特に郵政民営化反対の世論についての「状況とムードはクルっと変わる。徳川末期、開国論は異端だった。それが維新後に切り替わった。戦争中は鬼畜米英だったが戦後手のひらを返すように親米となった」という言葉はその後の郵政選挙の大勝を知っているだけに不気味ですらある。しかしその後の2005年郵政選挙郵政民営化法案成立により小泉は急速に政局表舞台から去り焦点はポスト小泉及び自民党民主党に移っていくわけである。政治は一瞬として止まらず役割を終えた主役はどんなに華々しい功績を残してもやがては去るという非情さがここにある。
 2005年秋新たに成立した43歳の前原代表を先頭とする若き民主党執行部は「今や組織で票は集まらず、有権者は自分で納得して票を入れるが政策では判断しない。党首対党首の対決が全てを制する」としながらも永田メール事件によりあえなく自爆してしまう。俺はこの永田メール騒動時(2006年2月〜3月)社会人一年目の泥沼にはまりこみとても政局観戦する余裕がなく詳細を本書によってはじめて知ったのだが何という低レベル。事実の確認、信憑性の立証等スキャンダルを追及する側が必ずやらなければならない作業をこれほどまでに怠る野党がどこにあるというのか。確かにこれでは「お坊ちゃん政党」「守りに弱い政党」と嘲笑されても仕方ないが、この騒動によってもたらされた危機意識が小沢アレルギーを克服し、平成政治の怪物・小沢の民主党代表就任となるのである。その後の「消化試合」と言われた自民党総裁選によって安倍内閣が発足するところで本書は一応の終了となるが、その後の激動は諸君もご高承の通りである。
 と、本書のあらすじを細かく紹介したが、もちろんこんな俺の糞文章を読むよりも本書を読んだ方がいいのは言うまでもない。ほとんどの内容をお前が喋ってしまっとるやないかと言われるかもしれぬが、なに心配ご無用である。俺が書いたことなど本書に書いてあるエピソードのほんの一部、微々たるものであって、とにかく面白いから読んでみなさい。いやあ政治って本当にいいものですねえ。