17 真珠湾異臭

   
 会社法!内部統制!決算早期化!今やどの会社の経理部門もてんやわんやである。俺もまたえらい時にえらい部所に来たもんだがそれも営業に行くより何万倍もマシだと思っていた。が、またしても発生した珍妙な社内抗争のあおりを受けて俺の地位は根底からぐらついておるのだ。何だそれは雑用係として使えるだけ使ってもうポイか。いや全く組織というのは恐ろしい。経理チームにいられぬのなら簿記を勉強しても仕方がないではないか。営業に戻るのなら今度こそ英語の勉強をせねばならんのだ。ああ営業になど戻りたくない。別に俺は仕事に生きがいも誇りも求めておらぬのだからな。ただ面倒なルーティーン作業を繰り返し処理して安い給料が貰えればそれでいいのだ。遠まわしに俺はそういう人間だと何回もアピールしたのだがなあ。営業に行きたい奴を行かせばいいだろうに。やはりズバッと言わなければならんのか。ズバッと言った奴は子会社に飛ばされたしなあ。いや飛ばされても構わんのだが何か面倒を起こすのはなあ。できれば穏やかに過ごしたいしなあ。まあ一生懸命働いていたら何とかなるでしょう。そしてストレスはBOOKOFFや秋葉原や神保町や五反田で発散すれば何だかんだ言っても俺の未来は明るいのではないかな。第二次大病戦争も薬のおかげで今のところ休戦状態であり、謳歌せよ2007年。潜ろう「脱走と追跡の読書遍歴」。
    
イヌっネコっジャンプ!/はっとりみつる講談社アッパーズKC]

 おお「犬猫跳躍」ではないか。そんなに古い作品ではないと思っていたが本作は2000年度日本ラブコメ大賞一般部門5位という、何と7年も前の作品なのである。なるほどそう言われると本作には2002年以降の狂騒的イメージはなく、2000年・2001年という第一次大病戦争の只中で恐る恐るラブコメという未知の扉を開けようとしている俺の姿が思い浮かぶ。購入日付は以下である。
1巻:2000年9月12日
2巻:同年12月29日
3巻:2002年2月18日
4巻:2002年2月28日
5巻:2002年3月17日(於:GAMERS神戸三宮店)
 2004年以前にさかのぼるのだから当然酒池肉林の2002年春以降だけではなく暗黒の2000年にも言及しなければならない。とくに最近忘れかけている7年前なら尚更である。忘れることこそ最も恐れなければならない。忘れるということはあの日生きた俺が消えてなくなるつまり死ぬということである。覚えることが不可能なら書き記し明日への糧としなければ、苦しみと涙に耐えたあの頃の俺が可哀想だ。
 1巻を買った2000年9月12日(当時高校三年生)18時59分のことはよく覚えている。この日は火曜日であったが朝から台風警報が出て臨時休校になったのだ。そして台風は午前中にはあっという間に過ぎ去り夕方俺は休日のように自転車に乗って本屋へ出かけ本書を買ったのである。あの朝の台風警報というのは子供心ながら非常に興奮させるもので、平日にもかかわらず学校に行かなくていいという「事件」が起こり、それは台風という人知を超えた自然の猛威によるものでそれには所詮人間は手も足も出ないのだと思うと俺はこの世界で生きているという事が妙に実感できたものである。
 2巻を買った12月29日のこともよく覚えている(いや結局購入した全ての本につき覚えているのだが)。高校三年の冬と言えば来たるべき受験に備えてよほどの事がない限り本屋に行かないものだがそんな常識が俺に通用するものか(逃げただけ)。特に2000年12月から2001年3月は時期的には高校三年の三学期になるのだが当然学校には行かなくいいので親には「図書館で勉強する」と称して朝から夜まで本屋古本屋図書館を闊歩したものである。今もそうだが世間が師走だ年末だと盛り上がっている時にこそいつも通りに本屋に行って本を買うことをしたい俺は本書を買ったのである。ああ高校三年生。何もかもあの発作と共に壊れ滅茶苦茶な時代であったが実は今でも高校時代の友人とはたまに連絡を取ったりするのである。楽しかった大学時代と違い高校時代にいい思い出は皆無なのだが、全く時の流れとは不思議なものだ。
 と、ここまで書いて本作の内容に触れていないのに気付いた。まあ別に内容なんて読めばわかるからどうでもいいんだけどね。その本を買った状況とかは忘れる可能性があるから書かなきゃいかんのだけども、それはそれで一人よがり過ぎるので書くが本作は基本的にはお気楽大学生ものである。主人公はどこにでもいるもっさりした大学生であり日々適当に過ごすのだが高校生の時は結構な陸上選手だったらしい。そんな主人公を俺が好むわけがないがそもそも主人公が陸上をはじめたきっかけがなかなか興味深く且つ「かつては華やかな世界で活躍したが今は静かに地味に暮らしている」という設定が気に入り、更にそんな主人公に謎の女子高生がやってくるという事で見事に我が「オールナイトラブコメパーカー」に認定されたのである。おお思い出した俺は本作をヤングマガジンアッパーズに載った第一回目から知っているのだ。あれはいつだったか恐らく2000年の5月ではなかったか、まだ第一次大病戦争から一年しか経っていない途方に暮れた俺が立ち読みをしている姿が甦る。あの頃の苦しみに比べたら現在進行中の第二次大病戦争など大したことはない。こちとらそれなりに経験を積んでいるのだ。そしてその経験を活かせなかったら、あの頃の俺がかわいそうだ。
 で、ずいぶんと横道にそれてしまったが3巻・4巻・5巻が2002年2月〜3月に連続して購入されている。大体俺が繰り返し呼ぶ「地獄の経済恐慌」というのは2001年10月から2002年2月の事であり、たかが4ヶ月ちょっとなのである。俺の感覚としては一年ぐらい経ったような気がするが、なるほど月日というのはこっちが嘆こうが悲しもうが常にマイペースでいらっしゃるのですな。それにしても3巻を購入した2月18日など地獄の嵐が通り過ぎて1週間しか経ってない筈だが、なぜかその時の記憶がぼやけているのも不思議だ。今思い出せるのは本書を買った古本屋(今は亡き「ブックスタジアム」という店だった)の前の道路の交差点で信号待ちをしていた風景のみ。4巻に至ってはそれが2月28日に買われたという情報のみ頭にインプットされているだけである。5巻の3月になるともう酒池肉林の青春爆発本屋シリーズに突入しており風邪気味で喉のはれを押さえながら本書とエロゲーのムック本(「尽くしてあげちゃう」シリーズスーパーガイド)をGAMERS神戸三宮店で買った(昔のGAMERS神戸三宮店は今と違って本を売るスペースとDVD・CDを売るスペースが別だった。だから今の本もDVDもCDもごちゃ売りにしたGAMERS神戸三宮店にはあまり思い入れがない。みんな変わっていくんだなあ)日曜日のことが昨日のことのように思い出されるのである。
   
もののけ☆ちんかも/楠桂少年画報社:YKコミックス]

 これはまたなかなかいいのが出てきましたな。2004年度日本ラブコメ大賞一般部門6位の作品である。単発(全1巻)作ながらここまで濃いラブコメは珍しい。それが女性によって描かれたのだからなおのことだが、まあそこは楠桂である。男にとってこれ以上都合のいい出会いはないぞと思える出会いをしたヘタレ主人公と可愛い凶悪妖怪女のスピード感溢れるハイテンションラブコメは作者の独壇場である。女性でありながらここまでテンポよく男の欲望を軽やかに且つ健康的にいやらしくのは全く驚嘆に値する。女は性交の後が重要。
 本書は2004年3月21日にブックマーケット明石魚住店で買われている。日曜夜の明姫幹線を自転車に乗って駆け抜けた日々。学生時代バイトは月曜のみ休みであり日曜夕方バイトが終わってから月曜の朝までの俺はまさに世界の王の気分であった。2004年、就職活動という現実から目を背け公務員試験の勉強もほったらかしにして世に浸透した「アキバ系ブーム」に唾を吐きひたすら糞田舎に点在する大型古本屋を巡り戦闘的な購入を繰り返していたのはもう3年前。この2004年2月から4月というのは俺にとって大学生ラブコメ戦記の絶頂期であることは疑いなく、この頃俺は間違いなく日本に存在する全てのラブコメ作品を網羅していたのだ。2004年3月21日俺はいつも通り15時まで働きその後家族とイトーヨーカドーまで出かけ18時に家に帰りそして自転車で各大型古本屋を撃破しに行ったのだ。車しか通らない夜の道路を自転車で駆け抜けたあの快楽のためなら死んでもいいと今でも思っている。それにしても、ああ、3年で何もかもが変わり俺は今や東京にいるのだ。