12 戊辰銭湯

 あっ。そうかそういえば既にこの日記は一周年を迎えていたのではないか。もちろん今の俺にそんなことを考える余裕はなく奈落の底へ堕ち逝く一青年の喜劇は一体どこまで続くのだろう。毎日ひきつった笑顔と恐ろしい圧力の中で過ごせば生命の危機に瀕するのだ。もはや俺の心臓はいつ破壊されてもおかしくないのだ。命と引き換えに得たお金で過去へと帰る日々。俺が今まで失った全てのものを取り返すのだ。なぜならもはや俺に残された時間はわずかしかないからだ。そんな馬鹿な。俺は一体どこまで本気なのか。手元にまとまった金が用意された今、本(ラブコメ漫画小説)はおろかDVD(ラブコメアニメ)にまで触手を伸ばし豪遊の日々。それも高校生大学生の頃買いたくてしかし買えなくていつからか忘れ去ってしまったものが急に買いたくなる奇妙な日々。「ああっ女神さまっ」「まぶらほ」「円盤皇女ワるきゅーレ」「天使のしっぽ」「ぶっとび!CPU」「みゆき」おねがいティーチャー」「魔法使いTai」「無限のリヴァイアス」「天地無用」。過去への降下は遥か遠く発病前にまで遡りとどまることを知らず中学生そして小学生時代にまで。まさか一人暮らしの寂しさに耐えかねてまだ全てが優しかった過去に戻ろうとしているのではあるまいな。いや実は俺は既に何もかもわかっているのではないか。1年前の今日、生まれてはじめて煙草を吸った俺は悶絶し、「かっこいい」男になることを拒否した。みすぼらしく、かっこ悪く、誰にも注目されない人間になろうと決めたのだ。そうして平穏に平凡に、恐らく生涯独身の中で孤独と書物の中で生きるのだ。そういう風にして生きるのだ。もう、そう決めたのだ。

あさってDANCE/山本直樹小学館ビッグコミックス

 山本直樹と言えばエログロというかサブカルというかちょっと近寄り難い気がしてどうも俺は好きになれんのだが、本書は割合ストレートな青春ラブコメ現代風作品である。どこが現代風なのかというとすぐにアレをヤッてしまうところが現代風である。まあバブル期の大学生なんてそんなもんよ。混迷の21世紀的ひきこもり大学生だった俺に言わせれば(以下延々と「大学生時代に戻りたい云々」と続くので削除)。おおそれにしても本書の初版発行日が1989年だからまさしく俺の糞上司が今の俺のように入社1年目だった頃である。あの糞上司を殺す方法は(以下公開不可能)。
 本書第1巻は遥か昔である2000年8月24日に、やがて阿鼻叫喚の惨劇の地となる古本市場西神戸店(昨年3月10日参照)にて購入したものである。6年前も今も同じ105円で売られているというのはどういう事だ。古本屋というのは時間を超越するのかもしれない。そう言えば最近俺はタイムスリップの術を会得したのだ。これで大学生時代に戻ることが(以下完全削除)。とにかくこれを買った2000年当時俺は花の高校三年生であった。目前にせまる受験から完全に逃避しそんな自分を直視することも逃避していたあの頃、やがて来る大学生社会人生活の孤独の安穏と快楽に胸をときめかせていた俺の願いは確かに叶った。その通り大学では一人も友人を作らず社会人となれば家族からも離れ豪華絢爛の一人暮らし、されどバイトに仕事にと心が休まる時は土曜日曜のみ。最近はそれすら侵食され、ついに発動された日曜出勤。君よ憤怒の海を飲め。
 で、肝心の中身であるが演劇に青春を尽くす貧乏青年に突然遺産が舞い降りてくるのである。その額、実に4億円。但しそれを相続するためにはちゃんと社会人になって結婚して一人前にならなければならず、その遺産目当てかどうかわからないが主人公に近づく謎の女が一人。これはもう俺の提唱する「平凡人間、非凡状況」設定にピタリと当てはまる。実にいい。ただし話が進むにつれてこのような素晴らしい状況設定を生かせず場当たり的に各登場人物が好き勝手にやるだけになるのが惜しい。ただし良作であることは間違いなく、80年代末から90年代前半の「ラブコメ冬の時代」にあって、当時のラブコメファンはどんなに喜んだことでしょう。え。そんな奴はいないと。何を言うか俺などまだ小学生であり親や地域や学校に守られながら育ち(以下同じパターン)。

オーパーツ・ラブ/ゆうきりん集英社スーパーダッシュ文庫

 本書の第1巻は2001年9月4日にまだ明石のジュンク堂書店ダイエーではなく十字路の交差点角のビルの中に入っていた時に購入された。以来俺との付き合いは5年に渡り続いているのだから当然良作である。何度も言うように2001年というのは俺にとって憤怒すべき罵倒すべき惨劇の年であった。大学に入学すると同時に我が家族を襲った経済恐慌はジワリジワリと俺の内部を浸食し、10月のあの日の発病の発動により状況はどん底の底へと果てしなく落ちていった。日雇い労働からピンクチラシバイトそして恐怖の耳鳴りに至るまで、あの日々の事は二度と思い出したくない永遠の人生の汚点である。その永遠の汚点の少し前、下り坂を転げ落ちる俺がささやかな抵抗を示して買ったのが本書なのである。週6日働いていた俺が唯一の休みにその全体力を振り絞って明石に行った時に買った記念碑的作品が本シリーズであり、今でもこのシリーズを手に取る度にあの頃の情景が思い浮かぶのだ。ああ、時は既に5年の歳月が流れ2006年。
 で、物語はどうかと言えばひきこもりの高校生に突如押しかけてくる美女軍団。日々繰り返される色仕掛け。エジプトの何とか(爆乳)や京都の化け狐(巨乳)や幼馴染み(貧乳)やらで忙しいことこの上なく、そのラブコメ描写のワンパターン展開は読んでいて悶絶するほど快楽的である。また物語が基本的にその「ひきこもり青年」を中心にまわっている(皆主人公つまり俺に夢中)、ひきこもりが主導権を握っているというのも素晴らしい。遥か昔2001年当時で「ひきこもりの駄目人間に押しかけ女房」などという作品と出会った時の俺の喜びようは想像ができよう。いやもともと俺は頭のおかしい人間なのだがとにかくこのような画期的な作品が生まれることによって俺はこれから訪れるであろうラブコメ華の時代を思い生きる希望が湧いてきたのである。その後の怒涛の荒波の中で本書には何度助けられたかわからない。大体ひきこもりが何故あんなにモテるのだ。うらやましいなあおい。
 会社の糞アバズレ女が「スポーツマンってさわやかで健康的でかっこいいよね」と言う。オリンピックという阿呆の祭典、誰が勝ったか負けたか知らないが日本が勝ったからそれがどうしたというのだ。俺はまさに今、人生という長い長いレースを戦っておるのだぞ。どんな事があっても俺がリスペクトするのはひきこもりや秋葉系やその他諸々のおとなしくて平凡で地味な諸君なのであり、ラブコメという陰湿にして快楽的な孤独の旅は終わらなぬ。しかしもうちょっとでも早く更新しないといけませんなあ。